今ごろの季節は熱中症に皮膚病、食中毒と、この時期特有のいろいろな症状で来院してくる。

 スギ、ヒノキ、イネ科の花粉症まであるんだよ、まるで人間みたい。

 おなじ哺乳類だからあるよね、ほとんど体の構造がいっしょだし。

 問診を終わらせ、ケアステに行ったら「新規だろ。なんだって?」って、海知先生が立ち上がろうとした。

「オーナーが『うちのクウ太郎は、女医さんじゃないとダメなんです』って」

「そいつは困った。あいにく、うちには女医はいない、男ばっかりだ」

「ねえねえ、海知くん、いつから目が悪くなった?」
「泉田先生なら、おわかりでしょ、僕流の冗談ですよ」

「クリップ入れにあるクリップ、ぜんぶつないで入れておくからね」

「それは、みんなに迷惑ですよ、地味にイラッとさせますし」

「だったら、海知くんの赤と黒のボールペン、中身の芯だけ入れ替えておく」

「ずいぶんと地味な仕返しを考えますね」

 海知先生が、私の顔を見上げてきた。
「それで、なんだって? 犬だよな?」
 
「シュナです。『クウ太郎は鼻風邪だから、鼻の掃除と治療をしてもらいにきました』って」

「鼻風邪だなんて、オーナーは先入観もほどほどにしないと。診断は俺たち獣医がする」

「ねえねえ、海知くん、クウ太郎は子犬だよ。風邪は子犬の専売特許」
「どうして決めつけるんですか?」
「赤ん坊」
「あああ、感冒とかけたんですね」

 海知先生、さらりとかわした。

「違う、洟垂れ(はなたれ)小僧だから、まだ子犬だよ」
「ほんと、泉田先生って負けず嫌いですよね」
「海知くんは勝ちず嫌い」

「具体的な症状は鼻だけか?」
 海知先生が、泉田先生の言葉を華麗に聞き流して、私に質問してくる。

「実家の犬だから、よくわからないって。鼻のことしか言わなかったです」

「オーナーさんよ、頼むから状態のよくわかる人が連れてきてくれよ。それか、家主に詳しく聞いてきてから来院してくれよ」

「診察に三年ぐらいかかりそう。私、診察室出てくるころには、二十五歳になってるわ」

「泉田先生は、よく獣医になれましたね。計算、間違ってますよ、著しく」

「ねえねえ海知くん、著しくはよけい」
「二十五になる前に、早く診察してきてくださいよ」

「あ、馬鹿にした。海知くんは、クウ太郎の鼻水を吸ってあげる刑」

「今の根にもってるんですね」
「海知くんが、女装してクウ太郎の診察」
「さっきのも、まだ根にもってるんですね」
「じゃあね、診察エンジョイしてくる、女医なだけに」
「はい、僕の分まで楽しんできてください」

 泉田先生が診察に入ったと同時に、美丘さんから次の問診で呼ばれた。

 リッシュというラフコリーの男の子が、フィラリアの薬を処方してほしいって。
 今の時期の仲秋は、フィラリアの薬でも大混雑する。

 海知先生に入ってもらったら、『コリー系は薬に弱い体質だから、一番弱い薬を処方しますね。効き目はおなじです』って。

 このオーナーも、次回の診察からは、海知先生を担当医にって、指名してくるだろうな。

 犬種別に、体質や気質や癖を理解している海知先生に、全幅の信頼を寄せたのがわかる。

 リッシュのフィラリアの薬を用意していたら、入り口から元気な声が聞こえてきた。