「みなさん、おはようございます」
 とは言っても、いつも私が一番乗り。今日も目まぐるしい一日が始まる。

 ケアステに入ろうとした、そのとき。

「朝人」
 ん、聞き間違い? たしかに泉田先生の声のはず。
 でも、海知先生を呼び捨てするのは、初めて聞いた。

「どうした、和久子(わくこ)
 わ、わ、和久子って。海知先生の声で和久子って。

 泉田先生のことを和久子って、いったい二人はどういう関係なの......

 ガラス越しに目にした光景と海知先生の名前を呼ぶ泉田先生に驚き、体を隠して、そっと二人の動きを覗き見る。

 いいえ違うの、立ち聞きするつもりじゃなくて出て行ける状況じゃないの。

 完全に出て行くタイミングを逃した、そんな言い訳が頭を駆けめぐる。

 泉田先生が海知先生の厚い胸に、頭をあずけて泣いているんだもん、出て行けないよ。

 海知先生、片手は泉田先生の肩、片手で頭をぽんぽん。
 どうやって出て行けっていうの、無理。

 気が強い泉田先生が、なかなか泣き止まず、小雨のように長く静かに泣いている。いったい何事?

「院長にカルムの担当を任されたのに、どうにもならなかったわ」
「いつの症例だよ、前の話じゃないか」
 カルムって子は知らない、私がくる前の患畜だ。

 二人きりになると海知先生、泉田先生に敬語じゃないの? 二人の関係ってなに?

「すでに二次感染で、体力も免疫力も低下してた。それに、カルムのテンパーは急性疾患、仕方ないことだよ」

「カルムを助けることができなかった」

「あの処置は院長の決断だ。それに、すでに対処療法しかできなかった。最善を尽くして努力しただろ。その姿勢は正しかったって信じろよ、自分を」

 崩れ落ちそうな泉田先生の両肩を、スクラブから見える逞しい海知先生の腕が、しっかりと支えている。

 この二人の組み合わせが信じられない。いったい、どうなっているの?

「朝人じゃなくちゃだめなの、私じゃだめ」
「院長は和久子だから任せたんだ、自信もてよ」

 硬く口を結んで、一言一句に耳を傾ける。二人が気になって、この場から動けない。

「星川さんが早く覚えてくれたら、朝人が臨床に専念できるのに」
 どうして急に私なわけ?

 唐突に出てきた私の名前に、心臓がきゅっと縮み上がる。

「馬鹿言うなよ。教えることが好きだから、院長の依頼を引き受けた。院長も俺に任せて安心してる、星川のせいにするな」

 海知先生、頭を振ってため息をついた。呆れたのかな。

「早く覚えるもなにも、まだ星川は動物看護師なんて名ばかりだぞ」

「朝人を想って言ったのに」
「俺を想うんだな?」
「当たり前でしょ」

「俺を想う、それならお願いがある」
「言って、朝人のお願いなら、なんでも聞く」
 海知先生のお願いって、いったいなんなの?