お疲れ様の声が飛び交う、閉院後のケアステ。今日も忙しかったけれど、何事もなく無事に一日を終えられた。

 海知先生は、相変わらず真剣な目で、文献を読み込んでいる。

「お疲れ様です」
「お疲れさん」
 上目遣いで、私の顔をちらりと仰ぎ見てきた。
「座ってもいいですか?」
「かまわないよ、どうぞ」
 文献に目を落とす前に質問してみよう。

「海知先生って、彼女いるんですか? 同棲とか」
「唐突だな、いたらなんだよ?」
 半笑いだ。私、そんなにおもしろいこと言ったかな。

「ボクとユキのとき、私が冗談で『早く帰ってきて』って言ったら照れてたから、珍しく」
「『珍しく』は、よけいだ。俺だって、照れるときがあるよ」

「ひとり暮らしで、彼女がいなかったら『早く帰ってきて』ってことを言うような、家で待ってる相手はいないですよね?」
「それで?」

「照れてたから、珍しく」
「って、まだ言うか」
「初めて言われたから、慣れてなくて照れたんですよね? 彼女は?」
「あのな」
 海知先生が身を乗り出して、口を開いた。

「あとで、たっぷり相手をしてやる。今は文献を読むのに忙しいんだ、待ってろよ」
「すみません」
 私も読もうと、本棚から教科書を持ってきた。

「ねえねえ、海知くん」
 二十分くらい経ったのかな。出た、海知先生への泉田先生の、ねえねえ攻撃。

 海知先生が一生懸命に文献を読んでいるのに向かいに座った。

「キリンってさ、牛みたいに鳴くんだよ」

 泉田先生の言葉を聞いてあげているみたいで、海知先生が文面を両目で追いながら、無言で頷く。

「さて、ここで海知くんが楽しみにしている問題です」
 きっと楽しみになんかしていない。

「シマウマなだけあって、馬みたいに鳴くと思っている海知くんに問題です」
 勝手に決めつけてる、きっと海知先生は思っていない。

「さてシマウマは、なんて鳴くでしょうか?」
 意気揚々と問題を出す泉田先生の言葉に、相変わらず顔をあげない海知先生。

「はて」
 海知先生、考える気なし。

「『はて』なんて鳴くと思ってるの!? 『はて』は、ありえない」
 泉田先生の発想こそありえない。

 本気で真面目に、海知先生に対して驚いている泉田先生に驚くよ。

「なあんだ? 一回お手つきだけど、まだ解答権は、だれにも移ってないよ」

 そりゃあ、解答者は海知先生ひとりだけだもん。だれにも解答権が移りようがないよ。

「ねえねえ、シマウマだよ、なんて鳴くでしょうか?」
「んん」
 海知先生ったら、絵に描いたような生返事。
 
「それ野良猫じゃん」
 本当に? 野良猫が、そんなふうに鳴くの?
 そういえば野良猫の鳴き声って聞いたことがないな。