「竜、起きなさい。単位あげないよ」
 担任教師の声が聞こえた気がして急いで顔をあげる。ぼぅっとした頭で辺りを見回すと、教師の姿はなかった。
「いつまで寝てるの。貴重な昼休みだよ」
 代わりに同じクラスの男子が竜の顔を覗き込む。
「今、単位を落としかけた気がして」
 さっきの男子が寝ぼけすぎだと、ククっと小さく笑った。彼は五能海里。小柄でまだ少年っぽさが残っているが淡々としつつ人をからかって遊ぶのが好きらしい。
「海里君、声真似うまいねぇ」
今度は背後から声がして振り向くと、髪を金色に染めて制服を着崩した男子がニコニコして現れた。昼休みが相当嬉しいようだ。彼は山本渚。背格好は竜と同じくらいだが、全身校則違反のオンパレードでいくら教師に叱られようがめげない心の持ち主だ。
「なんだ、さっきのは海里君が言ってたのか」
 授業が終わったことにも気がつかず眠り続けていたようで、さすがに寝すぎたと罪悪感から海里の声真似を教師の声だと思ったらしい。
「さ、郁留を呼びに行くよ」
 普通科クラスの竜、海里、渚は昼休みになると特進科クラスの郁留のところに行くことを日課にしている。普通科に比べて格段に難しい勉強をする特進科は、どこか別世界のように感じる。教科書は三倍ほど分厚いし、消し忘れた黒板は暗号のような文字が書かれている。
「お邪魔します」
「郁留、遅いぞ」
 そんな別世界の空気をものともせずに、ついさっきギリギリまで授業が行われていたところの特進科に入る普通科三人。勉強道具を片付けていた郁留は、ズカズカと教室に入ってくる三人を見ると、満更でもなさそうに口元が緩んでいた。一人だけ違う科に入ったため、同じクラスになることがないので、少なからず寂しい気持ちがあったのか、郁留もまた昼休みが嬉しかった。
「今日の郁留の重箱はなんだろな」
 身長も高く、体格もいい郁留はよく食べる。弁当は彼の兄、伸之輔のお手製だ。元々もそれなりに大きな弁当だったが、おかずを竜達に分けたら好評だったと兄に報告したら気を良くしたのか、おかずの種類も量もどんどん増え、今では重箱のような弁当になっている。
「重いんだよね。弁当が一番重い」
 当の郁留は不服そうである。
「毎日遠足みたいでいいじゃない」
 中庭の芝生にシートを広げ、郁留の弁当に群がる。
「あてにしてるよ」
 渚の弁当は白ご飯のみが敷き詰められていた。恵んでもらう気でしかないようだ。
「もし、僕が急に休んだら昼食は白飯だけになる危険があるから、あてにしない方がいいよ」
「だから頑張って毎日来るんだよ」
 弟の友達の分まで朝から大量に作る伸之輔、文句を言いつつ素直に重量級の弁当を持ってくる郁留。お人好し兄弟だ。
「今度、春希の分も作ってあげてね」
 竜のお願いに「いいけど」と言いながらも弁当の重量が増えることにげんなりする郁留。
「春希、いつもどこで食べてるんだろう」
「春希ちゃんも女の子の友達と遊びたいんじゃない?束縛激しいと嫌われるよ」
「してないよ!」
 海里にからかわれた竜は、嫌われるのは嫌だ。と首をぶんぶん振る。不安になって思い返してみると、自分の都合に合わせてもらってばかりな気もする。
「ちゃんと大事にしてれば大丈夫だって」
 竜が青ざめた顔をするので、郁留がポンポンと竜の背中を叩いてフォローする。
「竜と春希ちゃんって付き合ってるの?」
 渚が海里に耳打ちをすると、海里は横に首を振る。
「今の話の流れで付き合ってないんだね」
 自分の理解できない世界に竜がいて頭を抱える渚。自分なら、そこまで親しくなった女の子がいたらすぐに付き合うのに。
「渚のただれた恋愛と一緒にしたらいけないよ」
「ただれてない!」
 いや、思い返せばただれているかもしれない。何も考えずに関係を持ったりしたこともないことはない。ただれていたのか、自分は。
「渚は、えっと」
 フォローしようとした郁留だったが 、渚の付き合い方は純情ではないと思ってしまい言葉が出てこない。優しいフォローを期待した渚は郁留の無言にショックを受けた。
「俺にも何か言ってよ」
 竜と渚をからかって楽しんだ海里は満足そうに笑っていた。