大陸の四分の一を占めるオルバンス帝国は、強大な軍事力を有し、産業の発展著しく、海産物や農作物にも恵まれている。

獣人と人間が共存するこの世界で、もっとも栄えている国だった。

大帝国のトップに君臨しているのは、泣く子も黙る獣人皇帝リシュタルトである。

銀色の狼の耳に、同色の神々しい髪、冷徹さを漂わせる月色の瞳。

圧倒的な武力と知力だけでなく、ときには残酷とも称される怜悧な判断力で国を守り、厳粛かつ平穏に統治していた。
 
その偉大なる獣人皇帝が居を構える王城では今、広大な敷地の外れにある離宮で、ふたりの侍女が騒いでいた。

「ああっ、またナタリア様が脱走したわ!」

「リシュタルト様に見つかったら大変! 早く探すのよ!」

敷地内に林立する絢爛豪華なほかの建物とは異なる、石造りの質素なたたずまいの離宮から飛び出してきたのは、獣耳を持つ獣人と人間の女がひとりずつ。

入口周辺を右往左往し、小さな影がどこかに見当たらないかと必死であたりに目を配っている。

「う~、あば~」
 
一方その頃、侍女たちが必死になって探している王女ナタリア(一歳)は、白のロンパース姿でよちよちと森の中をさまよっていた。

ちなみにこの森は、侍女たちがいる入口からは反対に位置しているため気づかれていない。

いつもは入り口から脱走していたがすぐに見つかってしまうため、今日は裏口から脱走してみたのだが、功を制したようだ。

「きゃきゃっ、むふっ!」
 
邪魔者が追いかけてくる気配はなく、ナタリアははしゃぎながらよちよちと森の中をさ迷った。

生まれてからずっと、あの石造りの離宮に閉じ込められて育った。

ベビーベッドと玩具しかない空間には、とっくにあきている。

思えばここではない別の場所に行きたいと思ったのは、ようやく首の据わった生後三ヶ月の頃だった。

ハイハイができるようになった六ヶ月頃から繰り返し脱走を試み、よちよち歩きができるようになった今、ついに成功したわけである。

テンションが上がらないわけがない。

「きゃいきゃい、ひゃはっ」