<湖のほとり・エピローグ1>


グスタフ皇国の皇帝は、
魔女の国につながる街道を、馬で走っていた。

皇帝は月に1度の薬草リキュールの密売に商人の姿に変装して
自分で買いに行くことにしていた。

魔女の国・グランビア家の情報も
その時に得ようとしたが、
なかなか難しい。

今日は息子のアンバーの話が長く、出発が遅れてしまった。

もうすぐ魔女の国の道が、閉ざされてしまう。
夕日が落ちるともう間に合わない。

皇帝の視界の先に
キラキラ光る湖が入った。

「あの・・湖は・・?」
皇帝は馬から降りて、ゆっくりと
湖に近づいて行った。

誰かの呼ぶ声が聞こえる。
それも女性の声だ。

「クラリス・・!どこにいるの?
早く来なさい。
道をとじるわよ・・」

その声の主は、
緑の木々と同化するような
深い緑のドレスを着ていた。

髪に被る薄い緑のベールが、
風になびく。
皇帝が後ろから、その女性の腕をつかんだ。

「やっと、見つけた!・・
グランビアの当主・・」

振り向いた瞳はアメジストの色
驚きのあまり
大きく見開かれている。

「・・離してください・・
皇帝陛下・・」
そして、
顔をそむけようとした妖精は・・
あの時より大人だが
やはり美しかった。

「だめだ。
離したら、あなたは消えてしまうだろう」
老婆の姿になったら、もっと困る。

グランビアの当主の声が震えた。

「・・娘が来るのです・・」
茂みの木々が揺れた。

皇帝の手が一瞬緩み(ゆるみ)、その隙に
グランビアの当主は素早く体を
離した。

「お母さま・・
ごめんな・・さい?」

木の茂みから
クラリスが花冠をつけて出て来た。

グランビアの当主は
驚きを隠すように、息を整えて言った。

「クラリス・・皇帝陛下にご挨拶を・・」
クラリスは満面の笑顔で、
スカートの端を手で持ち、挨拶をした。
「こんにちは。
クラリス・グランビアです」

皇帝が微笑んで
「君のピンクの馬は、素晴らしかったな」
クラリスは
少し恥ずかし気にうなずいた。

「アンバーがいつも君のことを、
話している」

グランビアの当主が、クラリスの
手をしっかり握り、
そして早口で言った。

「皇帝陛下、失礼いたします。
もう、道を閉じなくてはならないので」

すると
皇帝がクラリスの前に立ち、
それからひざまずいた。

「クラリス、君に頼みがある。
聞いてくれるか?」

皇帝がクラリスをじっと見つめた。
「君にこれを預かってもらいたい。」

皇帝はクラリスの手を取って、
グスタフ皇国の皇帝の紋章の入ったペンダントを置いた。

「え・・?これは?」

「クラリス!お断りしなさい!」
グランビアの当主が、
悲鳴に近い声をあげた。

「あの・・」
クラリスは
どうしてよいかわからないように、皇帝と母親の顔を交互に見た。

「明日、この時間に来て、
返してくれればいい。
ただそれだけだ。

君が無理なら、グランビアの当主、あなたがきてくれれば
よいのだから」

皇帝はグランビアの当主を、
<もう逃がさない>という決意を持って

「グランビア家の使い魔が、
うちのエルフに手を出した。
問題ではないか?

それに薬草リキュールを買いやすくして欲しい。
これは大人の話し合いになる」

クラリスはその言葉を聞いて、
紋章入りペンダントを母親に渡した。

皇帝は満足げにうなずき
「もう、道を閉じるのだろう。
私は戻ろう」

「薬草リキュールと・・
はちみつパイを明日お持ちします。
あと、イーディスの件も・・」

グランビアの当主はあきらめと、
困惑の混じった様子で答えた。

「それは楽しみだな。期待している」

クラリスは自分の胸に下げている、アンバーの紋章入りペンダントを
そっと握りしめた。

<私にはこれがある>

湖の水面が
最後の夕日でキラキラ輝いている。

木の陰には
イーディスとミエルがいた。