「沙織、電話に出ない……」

山岡が長谷川沙織の電話にコールする。

何度かけても、長谷川沙織は出ない。

「とりあえず鳴らすよ?」

敦子はインターフォンを奥へ押し込み、家を見上げる。

「はい、長谷川です」

インターフォンから声が出る。

敦子が早口で用件を伝えた。

「ごめんなさい、沙織、今日調子が悪いみたいで」

「ちょっとだけでいいんです、どうしても、話をしなくちゃいけないことがあって」

長谷川沙織の母親であろう、女性の声は少し間をおいて

聞いてみるわ、と言って通信を切った。

道路で不安げに立ちつくす山岡。

ケータイを握りしめたまま、不安そうに2階を見つめている。

敦子はまるで具合でも悪いかのように、しゃがみ込んで両手を額に当てていた。

俺は山岡をじっと見つめていた。いや、正しくは手元の、ケータイを。


山岡は今、恐怖をその手に握りしめているんだ。


「……どうしたの? 黒沢君」

「あ、いや……潤でいいよ」

ケータイをジロジロ見ていたなんて言いにくいので、適当にそう言った。

山岡は少しだけ微笑んで頷いた。

「私のことも、千恵でいいよ」

「あ、千恵ちゃん!私も敦子でいいヨっ!」

敦子も、ぱっと顔を上げて山岡に笑いかけた。

敦子は人見知りをしない奴で、結構誰とでも仲良くなるタイプだが、こういった空気で、この明るさは羨ましい。

ありがたいと思えるほどだ。

切迫した状況ではあったが、何故かほっとした。