――わたしの発した一言のせいだろうか、車内には気まずい空気が流れていた。
 彼は彼で、父の病院受診をわたしに提案したことを後悔していたのかもしれない。「あんなことさえ言わなければ……」と。

「――あの。絢乃さん、一人娘なんですよね? ご結婚相手に制約とか、条件なんてあったりするんですか?」

 そんな空気を変えようと思ってか、彼はわたしに突拍子もない質問をしてきた。

「ええっ!? 急に……そんなこと訊かれても……」

 わたしはちょっと困ってしまった。けれど、答えられなくはなかった。

「えーっと、制約は……特にはないの。どんな職業でも、どれくらいの年収でも、年がどれだけ離れてても問題はないの。常識の範囲内なら。……ただ、コレだけは絶対に譲れないっていう条件が一つだけあるわ」

「それって、どんな条件ですか?」

 彼が眉をひそめた。どんな厳しい条件だろうかと、ハラハラしているようだった。

「長男じゃないこと。それだけよ」

 わたしはズバリ言った。途端に、彼は拍子抜けしたように強張(こわば)っていた表情をやわらげ、肩の力を抜いた。

「なぁんだ、そんなことか……。なんか、力抜けちゃいました」

「そんなこと、って……。我が家にとってはコレが一番重要なことなのよ。結婚する相手には、婿に入ってもらわないといけないんだから!」

「えっ? それって婿養子ってことですか? お父さまの時みたいに」

「そうよ。わたしが篠沢を継ぐの。……実はウチの家系、お祖父(じい)さまから後は男子が生まれてないの。だから、わたしは外へお嫁には行けないのよ」

 現在の当主は母だけれど、母だっていつまで生きられるか分からない。いつかは一人娘であるわたしが継ぐことになるのだ。
 家を継ぐのは、その家の血筋の人間。つまり、母の後を継げるのはわたししかいないのである。

「なるほど。……じゃあ、好きになって、お付き合いまでしてるお相手が結婚前になって『婿入りはできない』って言ったら?」

「その時は……残念だけど、その人のことを(あきら)めるしかないわね」

 それ以前に、多分そういう人とは結婚の話が出る前にお別れしていただろうと思う。

「はあ……。大変なんですね、名家って」

 彼は(うめ)くように、そう呟いていた。