――初めて恋をした相手である彼と、やっと両想いになれたわたしだけれど、交際を始めるにあたり、ひとつだけ彼に言っておかなければならないことがあった。

「――桐島さん、ひとつ、貴方にお願いがあるんだけど」

「はい。何でしょうか?」

「わたしたちが交際を始めること、社内では秘密にしておいてほしいの。……一応、ママと里歩は知ってるんだけど」

 別に、わたしと彼との関係は不倫でも何でもないし、法に触れるわけでもなかったのだけれど。前にわたし自身が気にしていたことを、彼にも打ち明けた。

「……なるほど。了解しました。今はマスコミやメディアだけじゃなく、どこの誰でも気軽に情報を発信できる時代ですからね。ましてや、絢乃さんは僕と違ってセレブですから。社員が何気なくSNSで発信した情報が、どこからマスコミに流れるか分かりませんもんね」

「〝僕と違って〟は余計だけど。余計な噂流されたり、冷やかされたりしたら貴方だって仕事がしにくくなるでしょ? だから、オフィス内ではなるべく恋愛モードは封印するようにしましょう」

「そうですね」

 よくよく考えれば、この会話だって社内の他の人に聞かれれば(あや)うい内容で、わたしたちはこれだけでも危ない橋を渡っていたと思うのだけれど。幸いにも、この間は誰ひとりこの部屋を訪ねてこなかった。

 そして、この時のわたしには、彼のために解決してあげなければと思っていた由々(ゆゆ)しき問題がひとつあった。

「――ところで、貴方が半年前まで受けてたっていうパワハラのことだけど。被害に遭ってたのは貴方だけだったの? それとも、島谷さんは他の社員にも同じような嫌がらせをしてた?」

 わたしは会長として気持ちをサクッと切り換え、彼に向き直った。

「多分、他の人も被害に遭ってたと思います。僕が気づかなかっただけで……。島谷課長は外面(そとづら)がいいので、他の部署の人や役員の人たちがお分かりにならないところで(こう)(みょう)にやってたんだと思うんです」

「そう……。許せないわね。この組織のトップとして、この問題は見過ごすわけにいかないわ」

「他の人たちも、泣き寝入りしてたわけじゃないと思うんですけど……。労務担当の人に相談しても、課長本人は知らず存ぜずで押し通してたでしょうし、確かな証拠もないのでうやむやになってたんでしょうね」

「なんてこと……。ますます許せない!」

 わたしは憤りを隠せなかった。
 島谷課長が彼を苦しめていたことはもちろん許せなかったけれど、それはあくまで個人的なこと。彼以外の社員まで被害に遭っていて、しかもほとんど泣き寝入りのような状態になっていたというのは、これはもうこのグループのトップとして、絶対に捨て置くことができない問題だった。