エルがベッカー邸に来て三年の月日が流れた。

 エルはミラルカとヒュークに頼み、立ち振る舞いやマナーを教えてもらうようになった。

 おかげで、この屋敷にきた時とは比べものにならないほど動きが淑女のそれとなった。

 ミラルカはそんなエルとみると誇らしそうに笑った。

 けれども相変わらず、ネリウスにはあまり会えない毎日が続いていた。

 ネリウスは普段自分の領地を回ったり、屋敷にいても書斎で仕事していることが多い。

 たまに一緒に食事をすることはあってもほとんど喋らなかった。

 あの図書室での会話から、会話らしい会話をしていない。

 エルは寂しい気持ちを紛らわすように、ネリウスがくれたバラ園を訪れた。

 ファビオが毎日手入れしているバラ園は美しく、季節ごとに色々な花を楽しめる。それを見ながらのんびり本を読むのが日課になっていた。

「エル、今日も花が綺麗だね」

 ファビオは花の剪定をしながらエルに笑いかけた。

 今では二人きりでいてもちっとも不安にならないくらい慣れた。ファビオは親しい友人の一人となった。

 エルもファビオに微笑んだ。

『ファビオ、バラって育てるのが難しいの?』

「難しいっていうか、繊細かな。虫もつきやすいし病気にもなりやすいし……… でもその分花が咲いた時は嬉しいよ」

『そうなんだ。あの、ファビオにお願いがあるんだけど』

「ん? なに?」

『赤いバラを切ってもらえないかな」

『もちろんいいよ。部屋に飾るの?」

『ネリウス様にあげようと思って』

「旦那様に!?」

 ファビオは目を剥いて驚いた。

『やっぱり、駄目かな?』

「ううん、喜んでくれると思うよ! エルが選んだバラなら────」

 エルは園内にあった赤いバラをいくつか選び、ファビオに切ってもらった。エルが思う、ネリウスのイメージだ。

 冷たい印象を受けるのに、その中には温かい、優しいものがある。喜んでもらえるか分からないが、どうしても贈りたくなった。

 エルは花瓶にバラをいけて、ネリウスの書斎にこっそり置いた。