『銀の子猫』の看板の下で、シルフィスは建物と建物の間の狭い空を見上げていた。
 頭に浮かんでいるのは『黒白の書』だ。あれになら、飛頭の呪法も、それを解く方法も載っているかもしれない。人の道を外れた魔法が、あの書にはたくさん記されているらしいから。
 『黒白の書』──。
 息苦しさを感じた。エルラドに問題がないことがはっきりしたら、レイシアに行こうか。──そう、焼けるように思った──『黒白の書』が、そこにあるかもしれないなら。
 他のメンバーの仕事に手を出すのは基本的にルール違反だ。状況によってはギルドに対する裏切りとも取られる。が、今回はもともと一つの仕事だったのだから、エルラドの報告さえ済ませれば……。
 シルフィスは顔をしかめた。
 ──何と報告しよう?
 雷帝はエルラドに転生していました。けれど、その雷帝の生まれ変わりの少年はとてもいい子なので、問題ないと思われます──さて、この報告を、王宮は何と判断するか。
 危険因子は排除すべきだ。将来に禍根を残すべきではない。
 そんな声が聞こえた気がした。何かあってからでは遅いのだ、と。
 ──王に直接話せればな。
 ふっとそんな考えが浮かんだ。
 ──王は、自分を殺そうとした者の子どもをかばうお方だ。
 が、すぐにシルフィスの唇に自嘲の笑いが浮ぶ。
「……会えるわけがない」
 敢えて、そう声に出した。
 フードを目深にかぶって、歩き出す。それだけのぞく唇は、一切の表情を失ってただ結ばれて。