「明日、撮影に行くんだけど、そのあと時間あるか」
 ある金曜日、家に帰ってから北斗がそう聞いてきた。
 美波はキッチンで牛乳をコップに注いでいたところだったのだけど、どきっとする。
 時間ある、なんて言葉の響きに反応してしまったのだ。
「え、土曜日ってことだよね。うん、部活も用事もないし、空いてるよ」
 美波のその返事に、北斗は満足したらしい。「そうか」と言ってくれた。
「実は、母さんが日本から送ってほしい菓子があるってことで、俺の住んでた街に買い物に行くんだけど、お前、一緒に来ないか」
 北斗の話は、きっとこれが本題だった。
 一緒に?
 美波はどきっとしてしまう。
「ほら、お前、前に言ってただろ。俺の住んでたとこがどんなとこかなぁ、とか」
「あっ……、そうだったね」
 美波は今度、おどろいてしまった。
 そうだ、北斗に再会したとき、確かそんな話をした。
 でもそんなもの、ただの雑談だったのだ。
 なのに北斗は、覚えてくれていた、のだろうか?
「ったく、忘れてたのかよ」
 北斗はますます顔をしかめた。
 でもそれは、なんだか照れたような、そして照れたのを隠したいような、そんな顔であった。
「そんなら誘わなくて良かったな。忘れてた程度のことなら……」
 おまけにその通りの、なんだかすねたような言葉と声になってしまうので、美波は慌てた。
 せっかく嬉しいお誘いをしてくれたのに。
 自分の反応を後悔する。なのであわてて手を胸の前で横に振った。
「わ、わー! ごめん! 忘れてないよ! 行きたい!」
「嘘くせぇ」
 北斗は、じとっとした目をしたけれど、とにかくそれで話は決まった。