「とってもおいしいね、これ!」
 夕ご飯のあと。美波は北斗と、部屋で二人でケーキを食べていた。
 美波の前には、オレンジのムースがある。
 丸くて鮮やかなオレンジ色をしていて、上には生クリームとミントの葉が飾られていた。初夏にぴったりのケーキである。
 せっかく遠くのケーキ屋さんに行くのだ。
 美波のお母さんが「おうちで食べるケーキも買ってきてちょうだいよ」とお金をくれて、美波は嬉しくなってしまった。
 だって北斗のお母さんが大好きというほどおいしいお店なのだ。食べてみたい。
 それで美波と北斗、それから美波のお父さんとお母さんのぶんとして、よっつのケーキを買って帰ってきた。
「ああ、うまいだろ。人気店なだけある」
 北斗はチョコレートのケーキを食べていた。シンプルなガトーショコラ。
「オレンジをそのまま食べてるみたい、みずみずしいなぁ」
 美波は一緒に持ってきた紅茶よりも、ケーキに夢中になってしまった。それほどおいしかったのだ。
 北斗はガトーショコラから視線を上げて、美波を見た。微笑を浮かべている。
「母さんもこれが一番好きなんだよな」
「えっ、そうなの?」
 知らずに選んだので美波は驚いてしまう。
 美波が同じものを気に入ってくれて嬉しい、というような目で、北斗はこちらを見てくれた。
「ああ。ウチではこれをよく選んでてな」
 今度、北斗は懐かしそうな顔になった。フォークでガトーショコラをひとくちすくう。
 その仕草で、美波はわかってしまった。
 北斗は、自分の家ではこんなふうに一緒にお父さんやお母さんと、ガトーショコラを食べていたのだろうと。
 今、一緒にケーキを食べられているのが嬉しいと同時、美波の頭には、違うことも浮かんだ。
 北斗はちょっと寂しいのかもしれない、と。
 お母さんの大好きなケーキ。今はお母さんやお父さんと一緒には、食べられないのだ。