「俺のバンドで歌わない?」


テーブルにマイクを置いた私にそう言ったのは、名前すら知らない男の子だった。


大学に入って三度目の春。高校時代からの友人で、同じ文学部でもある彩乃に誘われて参加した、軽音サークルの飲み会。


といっても私はサークルメンバーではなく、女の子が少ないからとかなり強引に連れてこられたのだけれど。


確かに、参加者はざっと三十人を超えているというのに、私と彩乃以外に女の子は数える程度しかいないようだった。


一軒目は大学の近くでボーリングをして、二軒目は名古屋一の繁華街である錦三丁目の居酒屋でお喋りをして、今ここにいるカラオケは三軒目。


移動する度に少しずつ人数は減っていったけれど、それでもまだ十人以上は残っている。


トータルで六時間ほど一緒にいるというのに、私は彼の名前を知らなかった。いや、飲み会が始まった時に自己紹介をしたから、正確に言えば知らなかったのではなく覚えていなかった。


なぜなら彼は、私たち女性陣を楽しませようと明るく社交的に振る舞う男性陣とは違い、周囲にまるで興味がなさそうに、特定の男の子たち数人としか話していなかったから。


もしかすると彼もサークルのメンバーではなく、私と同じで、誰かに強引に連れてこられたのかな。