「わたくしリナローズとして生を受ける前に別の世界で生きていたことがあるのですが、そこでとある乙女ゲーム……ある物語を趣味として嗜んでおりまして。その物語に登場する攻略対象……ええと、主人公と恋人になる可能性のある男性の一人なのですけれど、彼の両親の名がリナローズとノルツなのです。ファンたちの間では悪役夫婦と呼ばれておりまして、つまり未来のわたくしたちなのですけれど」

 一息に語られたのは、にわかには信じがたい未来の話だった。

「――というのがその物語のあらすじなのです。わたくしたちの息子はファンタジー魔法アドベンチャーのヒーローになるというわけですね」

「とても信じられん……」

 たっぷりとリナローズの乙女ゲーム談を聞かされたノルツはそう答えるだけで精一杯だった。
 驚かされることばかりだ。そもそも婚約者がこんなにも饒舌だったことにさえ驚いている。
 ノルツの知るリナローズは淑女中の淑女。いつも控えめに笑うばかりで、触れれば折れてしまいそうな儚さを感じさせた。

 だがこの女は誰だ?

 生き生きと語る姿に目が離せない。
 しかし困惑しているうちにリナローズの眼差しが陰りを見せる。

「ノルツ様。わたくしノルツ様に謝らなければならないことがあるのです」

 そう告げるリナローズの表情は見ていられないほどに苦しげだ。家族と離れるときでさえ、追放される今でさえ微笑んでいた女が何を憂うのか。ノルツには検討もつかない。

「貴方が追放される未来を知っていながら、わたくしはノルツ様の未来を変えることが出来ませんでした」

 しがない侯爵令嬢に王位奪還は難問過ぎた。未来を知っていながら上手く立ち回ることが出来なかったことを、リナローズは悔やみきれずにいる。

「ノルツ様にはわたくしを非難する権利があります。力の足りなかったわたくしを罵って下さって構いませ。さあ!」

 リナローズはドンと自らの胸を叩くが、ノルツは呆然としていた。
 どんな暴言も受け入れようと覚悟していただけにリナローズも反応に困ってしまう。おかげで二人して妙な沈黙が生まれていた。

「君……」

 いよいよその時が訪れると、リナローズは固く目を瞑る。膝の上で握りしめた手は衝撃に備え、身を固くした。しかし耳を打つのは優しい声だ。

「俺が王位につけなかったのは俺の責任だ。誰かに責任をなすりつけるつもりも、ましてや君を責めるつもりはない」

「あ……!」

 優しいノルツが自信のことで他者を責めるはずがないと、どうしてわからなかったのだろう。