「君との婚約を解消したい」

 婚約してから十数年。それはリナローズ・ラディアンが婚約者であるノルツ・オーランドと顔を合わせるたびに幾度となく言われてきた台詞だ。

「俺は君のことが嫌いだ」

「この婚約が幸せなものになるとは思えない」

「君は俺に相応しくない」

 ノルツはことあるごとに様々な理由を並べてはリナローズを拒絶する。その数だけリナローズもまた、同じ台詞をもってノルツに答えたわけだが。
 しかしリナローズは侯爵令嬢。ノルツは一国の王子。二人の婚約は国の力関係を左右する政略結婚であった。そのためノルツの希望が通る兆候は一向に見られない。

 それは婚約してから十数年が経った、とあるパーティー会場での出来事だった。
 リナローズは今夜もノルツからお決まりの文句を浴びせられていたのだが、いつもと違うのはそこが華やかなパーティー会場であることだ。良識のあるノルツにしては珍しく、人前で婚約の話題を切り出してきたのである。
 顔を合わせるなり、ノルツは挨拶もなしにリナローズへ詰め寄った。

「リナローズ・ラディアン。君のような人が婚約者であること、俺はもう我慢ならない。君に俺の妻がつとまとは思えない。俺は君との婚約を破棄させてもらう!」

 穏やかなノルツが感情を荒げ、破棄を宣言するのは初めてのことだった。

 二人が話しているのは会場の片隅ではあるが、賑やかな社交の場だ。王子と侯爵令嬢という社交界では有名な二人の組み合わせ。それも耳に届くのは婚約破棄という非常に興味をそそる内容だ。あくまで遠巻きにではあるが、否応なしに自分たちが注目を集めていることをリナローズは感じていた。ノルツが婚約破棄を申し出たくだりで周囲には衝撃が走り、賑わっていた会場は心なしか静まっている。
 これまで二人の婚約は、幸せが約束されたものだと誰からも羨まれてきた。リアローズもノルツも、その地位と容姿から社交界では絶大な人気を誇っている。可憐な姫君であるリナローズを得たノルツは羨まれ、王子の婚約者に選ばれたリナローズは令嬢たちの憧れだった。

 そんな二人が何故?

 婚約破棄とは穏やかではないだろう。興味を引くのは当然のことだ。
 しかしリナローズは慌てもせずに、今日もまたその一言を口にする。

「お断りします」

 即答だった。

「……後悔するぞ」

 そう告げたノルツの方がよほど後悔を押し殺しているようだった。