平日、午前9時。その日はまだ布団の中にいた。




「柴樹。先生には体調悪いって伝えておいたからね」




 襖の向こうで声をかける母さんを適当にあしらい、目を瞑る。

 結局あのあと、家に帰るまで瑮花とは一言も話さなかった。……正直なところ、話す気力がなかった。昨日のあの子の顔が脳裏にちらついて離れない。

 そうして悶々と布団の中で時を過ごした。

 寝ても覚めても、ずっとあの子が頭の中にいる。俺の……想い人。




「柴樹。入るよ」




 母さんのその声に布団から顔を覗かせると、外はすっかり薄暗い茜色に染まっている。襖の向こうから遠慮がちに顔を出す瑮花と目が合い、布団に沈み込む体を引きずり起こす。




「……元気?」

「うん、一応……」




 母さんは瑮花を俺の部屋へと通すと、茶菓子を用意しに一度居間へと戻って行った。

 再び気まずい空気が辺りを支配するが、何も言葉が出てこない。というか寝過ぎたせいで、頭が働いていないような気がした。




「あの、さ。昨日の……」




 沈黙に耐えかねたのか、先に口を開いたのは瑮花だった。すぐに顔を上げ、話の先を促す。




「何か……見たんでしょ?」

「……うん」

「何見たの? いつもはそんなの無視するのに、柴樹ってば昨日は変だった」




 瑮花にそう言われ、また昨日の光景が生々しく眼前に蘇って目の前が眩んだ。




「大丈夫……!?」




 倒れることこそなかったものの、思い出すだけで気が重くなる。でも、独りで抱えてたってどうにかなるわけでもない。

 俺は何度も涙を堪えながら少しずつ、昨日見た光景を話した。彼女が俺の想い人だということも、低級霊に呑まれ消えてしまったことも。

 そこまで話してようやく落ち着いた俺は、もうひとつ思い出したことを話した。