渚が呼び捨てにしてほしい。

そう言ってきた時、紫音が返事をしなかったのは、遠くに涼と舞の姿が見えたからだった。

機材を運び終えたのだろう。

木の小屋になっているバス停で休憩して、ジュースを飲んでいた姿が、とても楽しそうで、まるで恋人のように見えた。

きっと渚が見たら悲しむだろう。

そう思ったが、渚は話に夢中で気付かなかったようで、紫音は安堵していた。

紫音がホテルの部屋に到着して、窓からバス停を眺めると、まだ二人は座っている。

それも舞が身を寄せて。


その時、盛り上がっていた涼と舞の会話はこのような話だった。





「涼くんって、中学の頃はコンクール荒らしだったんでしょ?
私も中学の頃は演劇部だったから、凄いって噂では聞いてたよ?」


「いやいや。それほどでもないよ~」


舞に褒められて、涼は有頂天になっていた。

コンクール荒らしとは、演劇コンクールに出場しては、賞を受賞していく者。

ネット荒らしのような悪い意味ではない。

しかし出場する者にとっては、涼と渚が率いる中学校が、賞を取って入賞の枠が1つ減るので、迷惑な話ではある。