霖鈴月 終二十三日


ビリー。


毎度の作り話は、薄っぺらくて穴だらけ。
考えた人間の頭の中身もそうなんでしょう。

毎日ご苦労なことだと感心しますが、発想力は乏しいし、勉強が足りません。

貶めたいならもっと敵を知らなくては。と、こちらが学ばせていただく毎日です。


妄想がお得意なら、劇作家にでもなればよろしいのに。

ちっとも面白いお話は書けそうにありませんけど。







「今日はなんですか?」
「オリビア嬢の髪留めが貴様の部屋から見つかったぞ」
「私の部屋から?」
「そうだ! これは決定的だ! 言い逃れはできないぞ」
「誰かが私の部屋に入ったんですか?」

マリオンはへにょりと両眉の端を下げる。

三つ星の男子生徒は、勝ち誇ったように胸を張った。

「貴様の家は随分前に落ちぶれているらしいじゃないか、大方、金に困って……」
「任意でない誰かが私の部屋に無断で入ると、その人、破裂するんですけど?」
「は……はれつ?」
「取手を握った腕が。骨から弾けて、周りにぱーんと肉塊が。その方はお気の毒ですね」

心から残念そうな顔をして、マリオンは軽く息を吐く。術が発動した気配はないので、そんな心配はひとつもしていないのだが。

人に囲まれた、その中心にいる人物は鋭く息を吸い込んで真っ青な顔になる。

「なんと残忍な……」
「術師科なら大なり小なり誰でもしてることです。部屋には貴重な研究資料も、危険な薬品もてんこ盛りですから。事故を防ぐためです」
「それがもうすでに事故だろう!」
「勝手に扉を開けなければ起こらない事故です」
「非道さと野蛮さは魔物以上だな!」
「あれ……その言い方だと術師科のみなさんまで敵に回してしまいますよ」
「それが何だと言うんだ」

何か困れば人任せな態勢のお貴族さまが、魔術師を蔑ろにして大丈夫なのかと、マリオンは今度こそ本当に心配になる。


何せ例の如く見せしめの為なのか、ここは人が大勢いる昼時の食堂だ。

ここ数日の恒例なので、騎士科や文官科はにやにやしながら眺めているし、ローブ姿の上級生は苦み走った顔をしている。
この食堂にいる半数がそんな具合だ。

そして残りの半数が、オリビア嬢に肩入れして怒りの表情であったり、我関せずを貫く高位の面々。


どうなれば気が済むのかと本気でマリオンは考えるが、それすらもったいない気がする。

「まぁ、それ以前に普通に鍵をかけてあるんですけどね……で? その私の部屋から見付かった髪留めとやらは手元にお戻りなんですか?」
「もちろんだ、貴様の部屋で発見して取り返したと聞いた!」
「……はあ……ならもういいですか? お腹が空いたので食事にしたいんですけど」
「な!……馬鹿にしているのか!」
「最初の日からそうですが?」
「……スープが冷めたぞ」
「先に食べて下さいよ……温めます」
「熱いくらいに」
「はいはい」

カイルの皿に手をかざしてひと振りすると、ふわりと湯気がたって、良い匂いが鼻に届いてくる。

リディアとリックは少しぬるめに、自分の分はカイルと同じ熱々にした。

好みの温度に調節できるようになるくらいには昼食を邪魔されたし、その副産物として、液体の温度を上げるのは詠唱無しでできるようになった。

そのついでにパンも、外はぱりっと、中はふんわり、香ばしくなるように温めると、リディアが声を上げて喜ぶ。

「貴様らのその態度……許さないからな!」
「それも毎日のように聞いていますが。なら一体私にどうしろと?」
「謝れ!」
「ごめんなさい」
「……貴様! 謝って済む問題だと思うな!」
「……ええ?! 怖い! ……やだやだ平行線……今日のところはもういいですか? また明日どうぞ」
「明日も何かをする気か!」
「はいはいしますします……覚悟して下さい、ラビリア嬢」
「オリビアだ!」
「知ってます、わざとです」

絵に描いたような『憤懣やる方ない』をまき散らしながら、男子生徒は集団の中に戻っていった。

マリオンは去っていく背を見送りもせず、目の前の熱々スープに集中する。

「……俺なら殴ってるぞ」
「そうしてくれれば話が早くて良いんですけどね」
「殴る方じゃなくて、殴られる方なんだな」
「あ……殴ればいいのか」

ふと笑うとカイルは横にいるマリオンの頬を指の背でするりと撫でる。

「なんですか?」
「…………なんとなく」
「そうですか」

すぐに黙々と食事を始めたマリオンを、カイルは食事の手を止めて見つめている。

その一部始終を見ていたリディアとリックは、無言で目を見合わせて、ふたりは珍しく同じことを考えた。


食事をさっさと済ませると、だらだらと長居をせず、マリオンは食堂を後にした。

もうすぐにでも呼び出されることは分かっているので、その前にランス先生の部屋に向かう。

「……まだここまで話が来てないんだけど。今日は何をしたのかな?」
「今日は髪留めを盗んだそうです」
「やったの?」
「いいえ?」
「分かった……戻りなさい」
「ぇぇぇぇえ?」
「だよねぇ?……そうはいかないよねぇ?」

誰かが来れば怒り怒られているふりをしつつ、マリオンは先生の部屋で、時間いっぱい書類の整理を手伝った。
講義で使う資料も、図書室から借りてきて揃える。

「僕は楽ができて助かってるけどねぇ」
「まぁ、なら良いのではないでしょうか」
「次は学院長のところになるからね?」
「あ、じゃあ、明日ですね」
「何とかならないかなぁ」
「先生の評価に響きますか?」
「人のことより自分の心配をしなさい……だから付け込まれるんだよ?」
「明日までに治りますかねぇ?」
「…………どうだろうねぇ?」




その日の暮れ間近、近隣の集落に魔獣の暴走が認められる。

魔獣は森に住む獣に姿形は似ているが、凶暴性もその大きも森の獣とはかけ離れている。
発生の原因は分からないが、突如として現れては命という命を踏み荒らしていく。
どこからともなく湧き出て、その暴走の行き着くのを見た者は無い。

学院からは騎士科の上級生と、術師科が駆り出される。もちろんその中にはマリオンも含まれていた。
場所が近かったので駆けつけた順、当然の様に最前に出て行くことになる。

集落とその住民を守りつつという指示だ。

暴走なのだからそう簡単には止まらない。
魔獣からすれば、たまたまその進路上に集落があっただけのこと。その先が小さな町であろうが、王都であろうが目の前に邪魔なものがあれば排除して進むのみ。そういうものだ。

倒すか、受け流すか、受け流せば進路上にある人の生活が文字通り踏みにじられる。

王宮からの応援を待ちながら、押しては引き、先回りしての苦戦を強いられた。

王城から騎士団と魔術師団が到着したのは真夜中過ぎ、そこから形勢は変わったものの、最後の一体が倒れたのは朝日が昇り、太陽はもうすぐ天頂に届こうかという頃だった。


青い空には真っ白で形のくっきりした雲がゆっくりと流れていく。
無駄に良い天気が清々しいが、腹立たしくもある。


魔力切れを起こせば倒れて動けなくなる。
そうならない為に温存しながら、もうすでに倒れてしまった仲間を介抱し、マリオンはよたよたとビクターを探した。

どこにも見当たらないことに不安を覚えたが、引率の講師からの情報で、ビクターは手前の町で魔力切れを起こし、そこで休んでいることを知った。

ほうと安心の息を吐いて、マリオンは道端に座り込む。

「……ここまで着いて来たな」
「カイルこそ……お疲れ様です」
「お疲れ……」

マリオンの横に座ると、カイルも大きく息を吐き出した。

王城からの騎士団と魔術師団は、まだまだ精力的に動き回って、あちこちで指示を出す声が響いている。

倒した魔獣を早く片付けなければ、その場が穢れてそのうち瘴気を発するようになる。
そうなれば直ちにではないが、人々が病んでしまう。

それは身体を悪くしたり、精神に異常をきたしたりと様々に悪影響が出る。
魔獣により酷い怪我をすれば、魔傷と呼ばれそこから身体が朽ちていく。死に至る確率が上がるため、最悪その部分を落とさなければならなくなる。

「怪我は無いですか?」
「切ったり擦りむいたりだな……大した傷は無い」
「見せて下さい」
「大丈夫だ」
「ダメです、ちゃんとしないと」

簡単に手をひらひらさせて、軽く浄化の術を展開する。

「あー……ダメです……ちょっと王宮の救護班の方に見てもらって下さい」
「……魔傷が?」
「それはもう大丈夫です……傷の方の手当てを。私の魔力が切れそうなんで」
「貴女こそ大丈夫か」
「もうすぐスカスカになります」
「……マリオン」
「……はい?」
「この間も礼が言えなかった……ありがとう、助かった」
「お礼なら頂きましたよ?」
「家からだろう? 俺はきちんと伝えてなかった」
「そうでしたっけ?」
「……ありがとう」
「……どういたしまして」

カイルはマリオンの手を取って、もう片方を上から被せた。そのままぎゅうと握る。

少しずつ流れ込んでくる魔力に、マリオンはカイルを見上げた。

「……俺には貴女ほど使い道がないからな」
「ちょっ!……いいです、やめて下さい!」
「遠慮するな」
「…………知らないからこその親切心でしょうけど。それ……そういうのやめた方が良いですよ?!」
「なんだ?」
「いやらしい!」
「何がだ」
「……変態」
「は?!」


魔力を分けてもらって、マリオンはすっくと立ち上がる。

おかげで自力で帰れますと、ローブのフードを目深に被った。

フードの陰からちらりと見えたマリオンの頬が少しばかり赤い気がして、カイルは首を傾げる。



傷ひとつ、汚れすらない闇色のローブがくるりと翻る。
中の衣装は泥や返り血でめちゃくちゃなのに、と、同じような自分の姿を見下ろしてカイルは力無く笑う。

引率の学院講師を見付けると、先に帰る許可を得たのか、マリオンはその場で転移門を開いて姿を消した。

あの道のりを逆に辿って、疲れた身体を引き摺るようにして徒歩で帰るのかと思うと、カイルは疲れがどっと増す。




気になっていたので、後になって調べた結果。

魔術師に対して魔力を渡す行為が、寝台での夜の行為に近いものだと知って、カイルは頭を抱えて悶えることになる。