旅はずっと歩きだし、宿も贅沢をしなかったので、「お気持ち」だけの収入でも思ったよりお財布が膨らんだ。
 お代を「お気持ち」のままにしているのは、最初の町でどこかの偉い人がたくさんお金を払ってくれたからだ。
 払えるお金の額は、人によってそれぞれ違う。

 これから一人で生きていくのだから、アニエスだってお金は大事。だから、完全に無料というわけにはいかない。
 でも、払える範囲で払ってもらえばいいと思った。
 たくさん払える人には、たくさん払ってもらって、無理な人はそれなりに。
 せっかく身体が元気になっても、そのために貧乏をするようでは気の毒だもの。

 てくてくと街道を歩いていると、同じように郡都を目指しているらしい旅のおじさんが道端でへばっていた。

「大丈夫ですか?」
「ああ。ありがとう。この坂、けっこうキツいから……。嬢ちゃんは、元気だな」

 このくらいの坂は坂のうちには入らない。
 聖女の修行をしていた時は、毎日千段もの石段を登って、聖なる泉から水を汲んでいた。
 自分の部屋の祭壇に水を捧げることで癒しの力が増す。……とされているけど、あの石段登りで体力をつけるのが狙いだと、聖女たちの間では噂されていた。

 だから、サボる聖女も多かった。
 ネリーなんかは一度も聖なる泉に行っていない。そのへんの水瓶から水をちょろまかしているのをよく見かけた。

 あの石段登り、最初はキツかったな……と思い出し、アニエスは旅のおじさんに同情した。

「おじさん、ちょっと目を閉じてて」

 おじさんに手をかざして疲れを癒す。
 勝手にやったことなので、これは無料だ。

「おお。なんだか、身体が軽くなった」
「元気が出たら、頑張って歩いてね」
「ああ。嬢ちゃんも、気をつけてな」

 アニエスはにっこり笑って頷いた。



 その頃、王都から北に向かう街道沿いには「謎の聖女」の噂が広がり始めていた。

 ろくに荷物も持たず、妙なのぼりを担いで町から町へと移動し、のきなみ病や傷を癒してゆく。お代は「お気持ち」のみ。
 噂を聞いて町に行ってみれば、すでに次の町へと旅立った後だった。

 そんな話をする人がたくさん現れた。

 噂を信じた人たちが、聖女を追って次の町へ向かうようになった。
 向かった先でも「すごい聖女だ」「とんでもない能力だ」と噂を聞くが、やはり次の町へと旅立った後で……。

 そんなこんなで、聖女を追う人々が街道沿いに列を作り始めた。
 みんな怪我人や病人なので進むのに時間がかかる。重い病の人を置いて代わりに聖女に会いに行く人たちが、彼らに手を貸した。
 我先にと行ってしまう人もいた。

 フォールに入る頃には、ただの列だった人の流れは、大きな一団になっていた。