膝の兵士の名はドミニク、もう一人はポールと名乗った。

「嬢ちゃん。いや、聖女様。あんたすげえな」
「アニエスでいいわ。ほかにどこか悪いところがある人はいない? よかったら、治すわよ」

 ポールとドミニクは二言三言相談して、頷いた。

「兵舎の医務室にいるやつらを、診てもらえるか」
「お安い御用よ。あ、でも……」

 アニエスは背中ののぼりを二人に示した。

「ここで雇ってもらえないなら、お代はいただくわよ。ドミニクさんのは、私が勝手にやったことだからサービスします」
「いや。払うよ。いくらだい?」
「お気持ちでけっこうよ」

 ドミニクは財布を出して、銀貨を一枚くれた。

「こんなに?」
「痛いのを、ずっと我慢してたんだ。それでも安いくらいだ。ありがとな、嬢ちゃん」
「アニエスよ。嬢ちゃんでもいいけど」

 ドミニクに案内されて兵舎に向かった。
 最初に会った一人に、「代わりにちょっと門番に立ってくれ」とドミニクが言った。兵士はアニエスののぼりを不思議そうに見ながら「わかった」と片手をあげて、ポールのいるほうに歩いて行った。

「思ったより、自由なのね」
「ベルナール閣下が、一人一人が自分で判断することを重んじているからな」

 規則や規律は大事にしているが、四角四面な運用はするなと言われているらしい。
 自分で考えて判断し、間違ったと思ったらすぐに報告するようにと言われている。責任は全部、ベルナール閣下が負うと言ってくれていると、ドミニクは誇らしげに言った。

 兵舎の医務室は広くて清潔だった。
 包帯をぐるぐる巻きにして大変そうな人から、最初にまとめて治していった。
 その後は、のほりの前に順番に並んでもらって、施術を進めていった。
 
「嬢ちゃん、あんた何者だ」
「こんなに大勢の怪我人を、あっという間に……」
「すげえ……」

 サクサク仕事をこなすアニエスを、みんな脅威と感嘆の目で見ている。

 どの人も気前が良くて、全員を治し終わった時には、アニエスの財布とポーチは銀貨でいっぱいになっていた。
 これならしばらく仕事がなくても、大丈夫そうだ。
 少しほっとする。

「晩飯の時間だし、よかったら一緒にどうだい?」
「いいの?」
「男ばっかで、むさくるしいとこだけどな」

 食堂に通されたアニエスは目を輝かせた。

「お肉!」
「おっ。肉が好きか」
「大好き。それに、たくさん施術したから、おなかがペコペコ」

 そうかそうかとドミニクが頷く。

「たっぷり食べな。兵士用の晩飯だから、スタミナのつくものばかりだ」
「ありがとう。いただくわ」

 アニエスは兵士たちに交じって、骨付きのかたまり肉にかぶりついた。強靭な歯と顎で瞬時に咀嚼し、のみ込む。次々肉をたいらげるアニエスを兵士たちが驚嘆の目で見た。

「いい食べっぷりだな」
「さすが聖女様だ……」
「え……? さすが……?」

 何がさすがなのかわからないが、感心した兵士たちはアニエスの周りに集まり、酒を勧めたり、肉のお代わりを勧めたりしながら、一緒に食事を取り始めた。

 痛いところも、疼くところもなくなった兵士たちは、すっきりした顔をしている。
 アニエスは嬉しくなった。

 誰かが冗談を言い、誰かがさらに面白いことを言う。
 アニエスと兵士たちの明るい笑い声が兵舎の食堂に響いた。



 その頃、集団になって進んできた怪我人と病人とそれを助ける人々の列の第一陣が、フォートレルの町の門の前にたどり着いた。
 日暮れを迎えて門を閉めようとしていた門番は、いつまでたっても途切れない人の群れを見てを呆気に取られた。

「いったい……。今日は、何かのお祭りだったかな?」