その墓の前に来たとき、必ず男はひとつのスナック菓子を飾る。


花でもなく酒でもなく、コンビニ限定商品である袋をひとつ。

昔からある人気商品だが、これはコンビニという特別な場所にしか売っていないもの。


彼女が何よりも喜ぶものだと知っているのは、夫である天鬼 剣ただひとりだった。



「…相変わらず辛ぇよ。俺のファッションセンス馬鹿にして笑ってたが、お前の味覚も中々だぞ」



袋から開けて食べてみれば、口の中が瞬時にピリピリと痛む。


辛いものが大好物だった女は毎日のように食べていて。

身体に障るだろと言っても聞きやしない。



『いーのっ!それより自分こそ服のセンスどうにかしたらいいのに!』



それどころか面白可笑しそうに悪戯に笑う。

少女のように屈託ない笑顔で、細い身体も吹き飛ばしてしまうから。


それが天鬼 美鶴(あまき みつる)という女だった。



「美鶴、聞いてくれ。とうとう絃織が俺たちの可愛い一人娘を奪いやがった」



せめてもの父親としての強がりだった。

父親らしいことなんざ何ひとつしてやれなかったが、娘が誰かのものになる寂しさだけは父親として実感してしまう。


少々嫌味ったらしく言った男の表情は、これまた優しい顔をしていて。



「昔っからあいつに絃を任せっきりだったからよ。
いつかこうなるんじゃないかって思ってないことも無かったんだ」



これは絃織にも言わなかった。


いつも俺が出張から戻れば、必ず絃の隣にはあいつがいた。

俺が抱くよりも先に簡単に抱いて、泣いていたら俺よりも先に泣き止ませて。


そんな姿は“兄妹”とはまた少し違うように見えていた。