今夜は王国中の貴族が参加する建国祭の夜会だ。
 宮廷楽師の奏でる音は奥深く、優美なメロディーが大ホールに満ちていく。ワルツを踊る男女がくるくると円を描きながら会場を移動していくのを見下ろしていると、ふと灰銀の髪を下ろした令嬢と目が合った。
 彼女の好きな濃い青のドレスは、絵本の人魚姫のように尾を引くデザインだ。華奢な彼女によく似合っていると思う。
 ちらりと彼女の横で辺境伯と談笑している男に視線を合わす。彼女と同じ瑠璃色の瞳の男は、奥手の彼女と違って社交的な性格だ。水面下で足の引っ張り合いをする貴族社会にもうまく溶け込み、着実に人脈を広げていると聞く。

(エスコート役は兄に頼んだのか……)

 以前までは自分が彼女のエスコート役だったが、これが今の自分と彼女の立ち位置だ。
 そう意識するだけで、鉛を飲み込んでしまったような心地がする。心なしか、足場が不安定になったような錯覚も覚えた気がする。

(これは……想像していたよりもずっと……)

 堪えるな、と胸中でつぶやく。
 これが夢の出来事だったらどんなにいいか。そう思うユリシーズの後ろから、鈴のような凜とした声が届く。

「ユリシーズ殿下」

 金糸の髪に金色の瞳の男爵令嬢が足を一歩踏み出す。華美になりすぎないよう、レースが重なった薄桃色のドレスは清楚なデザインだ。
 建国時に活躍したという、かつての聖女と同じ容姿の彼女は、初めての場であっても動じる素振りすら見せない。
 本来、彼女の肩書きでは家臣たちを見下ろす位置にあたる二階席に上がることは許されない。第一王子であるユリシーズと同じ王族の立ち位置に並ぶのは、それに値する地位を得たからだ。

 すなわち、王国に光を照らす聖女である、と――。