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日野(ひの)―、日野薫!」

「はいー」

呼ばれて振り向くと調理室の入り口から冬木(ふゆき)さんが紙をひらひらと振って私を見ている。

「先月のシャインマスカットケーキの売り上げが各店舗から集計されてきたから確認して」

私は手に持ったホイップの袋を調理台に置くと冬木さんに近寄り集計表を受け取った。

「やっぱ商業ビルの店舗は新商品の売り上げがいいですね。次のフルーツサンドは他の食品売り場をチェックした方がいいかもしれません」

「じゃあまた現地調査に行くか。俺が車出す?」

「お願いします」

スマートフォンに予定を登録する冬木さんは私の先輩だ。食品開発部に異動してきてから1年。私は冬木さんと新商品のレシピを考案している。

スイーツを中心に製造販売する会社に就職して2年。
店舗勤務を経て食品開発部に異動してから冬木さんと仕事をする時間が長くて、彼に自然と惹かれるようになった。
だけど冬木さんはずっと好きな人がいて、私の気持ちを伝えようとも思えないでいる。その人よりも好きになってもらえる自信がなかったから。

冬木さんは私の気持ちなんて知らないから後輩として可愛がってくれることが時々辛くなったりする。

「このあと裏通りにできたカフェバーに行こうと思ってるんだけど日野も行く?」

お誘いに私は満面の笑みで「行きます!」と元気良く返事をすると冬木さんも笑う。

「まさか奢ってくれるなんて期待してないよな?」

「してないですよ。ほんのちょっとしか」

「期待してんじゃねーかよ」

冬木さんが笑いかけてくれることが嬉しい。全然女として意識してくれてないとしても。