帰りの駅に到着すると約束通り彼女は同じ場所に座っていた。


人混みの中、女性はすぐにわたしに気付いてまた手を振ってくれた。


「お帰りなさい、お疲れ様でした」


最近、母親にも言われたことのないセリフ。


「ただいまですっ!」


久しぶりに感じる新鮮な気持ちだった。


「じゃ、朝の話の続きを聞いてくれるかな?」


彼女はにっこりと優しい声で言った。


「はい、もちろんですっ」


「わたしを見てヘンって思ったよね?」


少し間を開けて、わたしは正直に話す。


「えっと、最初は思いました」


「そーだよね」


抱いている人形を見ながら頷く。


「あ、でも、今は違います!」


わたしの声が大きすぎたのか、女性の手がピクッと動き、人形が落ちかける。


「よしよし、こわがらせて、ごめんね」


彼女は人形の頭を撫でながら言った。


改めて人形に目をやる。


それは金髪だった。目の色はブルーだった。


身に付けている衣装などを見るとフランス人形に近い感じ。


どこで買ったんですか、とは聞けないから、


「その子は、どこにいたんですか?」


わたしなりに機転をきかせたつもりだった。


だけど、彼女は顔を曇らせながら、


「どこ? あなた変わった質問するわね。この子はうちの子よ」

と彼女は強く主張した。


「あ、お子さんですからもちろんそうですよね」


そう、あれを人形と思ってはいけない。


あの子は彼女のお子さん、人間なんだ。


「その子の他にお子さん、いるんですか?」


少しの沈黙のあと、彼女は話す。


「上の娘がいたわ。小さいときはいつもこの子を可愛がってくれてた」


いたわ、その言葉にわたしは引っかかったが女性は話を続ける。


「寝るときだって、いつも一緒にいたのよ」


「すごく仲良しだったんですね」


「でも、ここで電車に跳ねられて死んじゃったの」


一瞬、時間が止まった。


わたしは言葉が思いつかない。


大変だったですね、とか、悲しいですね、


なんてありきたりな言葉なんて言えない。


本人の気持ちなんて理解は不可能だし、それに……


共感ってのも実体験があって初めてできるもの。


わたしにはそういったものは持ち合わせていない。


ちょうど目の前を貨物列車が通り過ぎはじめたとき、彼女は列車を見ながら、


「ホームの向こう側に死があるって不思議な感覚だと思わない?」


「はぁ?」 


「境界もなくてただ、少しだけ歩いたら別の世界が待ってるのよ」


向こう側には死があるってことだと、わたしは理解した。


「でも、もう関係ないわ。わたしの中で死って言葉は、なくなったんだもの」


人形を眺めながら優しく語りかける。


(でも、人形は生きてませんよ)


もちろん口には出せなかった。


彼女の中では生きている存在なんだ。


「えっと、娘さんの代わりってことですか?」


彼女はかぶりを振る。


「人間だれだって代わりなんていないわ。新しいパートナーって感じかしら。

この子と一緒なら、悲しむこともないし、見た目だってずっとこのまま。

ずっとこんなに小さくて可愛いまま。だから、わたしはこの子を抱いているの」


少し重苦しい気分だったが、わたしは思い切って口を開いた。


「娘さんはおいくつだったんですか?」


何で死んだんですか、とは聞けなかった。


ホーム内だから、事故か自殺だと思ったけど、年齢を訊ねるのが精一杯。


「そうね、あなたくらいかしら。あなたみたいな子に育ったら良かったのに」


そう言えば、人形を気にしすぎて彼女の顔をあまり見てなかった。


たしかにわたしの母親とあまり変わらない容姿、40代近くといったところだ。


「いえ、うちなんていつも言い合いばかりですし、全然です。


最近は両親がよくケンカしてて正直、わたしもここにずっと座っていたいですよ」


少しばかり家のことを、グチってしまった。


「あ、ご飯に遅れちゃうとまた怒られますから、そろそろ帰りますね」


気がつくと日もすっかりと暮れていた。

「あなたは、、、」


と言いかけて口を止めた。


彼女は人形を抱いたまま、うとうとと眠っていた。


誰にも話せないことが言えてスッキリしたのかな、だといいんだけどな、


などと考えながらわたしは改札を出た。