ケータイ小説 野いちご

精霊たちのメサイア

アガルタ王国
7.声

7.声


この世界に来てどのくらい経っただろうか。週に5日は勉強のスケジュールでビッシリ埋まってるけど、2日間はのんびりと過ごしている。学校に行っていた時と似たようなものかなと思ってる。

部屋に一人でいる時にはたまに精霊たちが遊びに来てくれる。精霊たちは私に会いに来てくれているのか、部屋に用意されているお菓子とお茶目的なのかは分からない。あまりにもお菓子が減るものだから、使用人のみんなは私が物凄くお菓子が好きだと思ってる。その話が料理長の耳にも入った様で、色んなお菓子を用意してくれる様になった。勿論嬉しいけど、私以上に精霊たちは喜んでいる。


「ここでの生活にも慣れてきた様だな」


アルファはいつだって突然現れる。アルファに限らず精霊たちはドアをノックして入ってくることなどなく、いきなり目の前に現れる。


(文字も少しずつだけど書けるようになったんだよ)

「文字が書けずとも私との会話に不自由はないが、人との会話には困るからな」

(そうだね)


アルファは会いに来ると必ず私の喉に触れる。まるでおまじないでもかけるかの様に。


「魔法の練習もしているのだろう?」

(してるけど、なんだかなーって感じ)

「なんだそれは」

(私の力は主に治癒と解毒でしょ? 力の使い方を習ってはいるけど、まだ実際に使った事はないからよく分からなくて)

「それなら怪我した騎士に試してみればいいではないか」

(あ! 確かに! その手があった! アルファありがと! お父様にお願いしてみる!)


アルファに「また!」と言って手を振って部屋を出た。走ったら怒られてしまうので、急足でお父様がいるであろう書斎へ向かった。書斎のドアをノックするけど返事はない。


「レイラお嬢様? 旦那様をお探しですか?」


ジェルマンに声をかけられ頷いた。


「旦那様でしたら騎士団の練習場におります。 ご案内いたします」


(大丈夫! ありがとう!)


そう書いて伝えると、ジェルマンは静かに笑って頭を下げた。頭を下げられるとどうしても反射的に私も下げそうになる。

お父様のところへ向かいながら、そういえば途中に温室があったなと思って寄ってみた。最近植えたお花の手入れに夢中になっているお母様がいるかもしれない。

温室の中は色とりどりなお花、そしていろんな形の木や葉っぱが生っている。ここに植えられているものの殆どがお母様の好きなものだって言っていた。そしてそのお花は色んな記念日の度にお父様がお母様に送ったものだと聞いて、こんなに素敵な男性が旦那さんなんてなんて羨ましいんだ!と思ってしまった。

辺りを見渡すけどお母様の姿は見当たらない。


(いないのかな?)


せっかくだからと思い、少し温室を堪能しようと散歩気分で温室の中を歩いた。日当たりが良くて、静かで落ち着く場所。


(っ__!?)


手が見えた気がして走って向かった。


(お母様っ__!?)


花たちに隠れる様にお母様が倒れていた。肩を揺らそうとして慌てて手を止めた。無闇に体を揺すらない方がいい、よね……。お母様の顔を覗き込むと酷い顔色で、物凄く汗をかいていた。


「っ__」


(誰か!! 助けて!!!!)


そう口に出したいのに言葉が喉に張り付いたように声にならなかった。


(誰か探しに行かないと!早くしないと!)


温室を出ても誰もいなかった。この屋敷は隠居の為の屋敷だからと、使用人は必要最低限の人数しか置いていないって言っていた。だからなのか、温室の辺りには人を見つけられなかった。

練習場に向かった方が早い!その途中で誰かに会えれば助けを求めたらいい。そう思って全速力で走った。


(お父様!)


結局人とすれ違う事なく練習場にたどり着いた。お父様の元へ一直線に向かい、腕を掴んだ。


「レイラ!? そんなに急いでどうしたんだ!?」


(息がっ__苦し__ッ)


肩が揺れる。心臓がバクバク言ってる。うまく呼吸ができない。苦しくて涙が出る。


「レイラ!?」

「っっ__、くっ_!」

「レイラ?」

「た、け__て! ぉか、ま_が!」

「レイラ、大丈夫だから、ゆっくり息をしてごらん」


お父様は両手で私の頬を優しく包み込む様にそっと持ち上げた。


「おか、さまが……温室、で…っ、たお、れて__、早く、たす_け、て__!!!」


お父様は目を見開き、息を呑んだ。騎士団に私を預けると、走って行ってしまった。


「レイラお嬢様!」


気が抜けてしまったのか、足の力が抜けてしまった。倒れそうになった私の体を支えてくれたのは騎士団の人だった。

久しぶりに声を出したからだろうか。喉に違和感を感じる。なんだろう……意識が朦朧とする。慌てた声がする気がするけど、応える余裕がなかった。



*****



目を覚ますと動きたくないくらい全身が怠かった。お医者さんの話からすると、どうやら疲れが溜まっていたのだろうという事だった。熱を出したのなんていつぶりだろう。


「おか、様……は?」

「奥様も寝室で休まれてますよ。 暫く安静に過ごされていれば直ぐによくなります。 レイラお嬢様が見つけてくださらなかったら奥様は危なかったでしょう」

「ありが、と……」

「とんでもないです。 レイラお嬢様様もしっかり食べてしっかりお休みください」


先生が出て行って、サイドテーブルに置いているグラスに手を伸ばした。するとすかさずサラが取ってくれた。


「あり、がと……う」

「お一人で飲めますか?」


頷いてグラスをしっかり持って飲んだ。冷たい水が喉を通って、体の中に流れ込んでくる感覚がした。すごく喉が渇いてたみたい。


「そんなに慌てて飲むと咽せてしまいますよ」


_ッ、ゲホ!


「レイラお嬢様!」


注意されて直ぐに咽せるなんて…恥ずかしい。

サラは水で濡れた口元を優しく押さえるように吹いてくれた。


「レイラお嬢様、本当に…良かったです」


サラの声が震えていて、顔を見るとその目は薄らと涙を浮かべていた。


「さ、ら……?」

「ふふっ、レイラお嬢様の声はとても優しい声でいらっしゃいますね。 こうしてお嬢様とお言葉を交わせることをとても幸せに思います」

「ありが、と……」

「そんな! お礼を申し上げたいのは私の方です! あ、そうでした! お医者様から飴をお預かりしております。 久しぶりに喉を使われて暫くは辛いだろうから、飴を舐めて喉を潤してあげると良いそうです」


手のひらサイズの透明な硝子の瓶に入っている薄茶色の丸い飴。一つ取って口の中に入れると、優しい甘さが広がった。

(はちみつだ)


「私はお嬢様がお目覚めになられたと旦那様へ知らせて参ります」


サラが出て行って部屋に一人残された。よく見るとベッドには色んなお花が置かれている。

(これはいったい……)


「精霊たちからの見舞いの品だ」

「ある、ふぁ」


アルファはベッド脇に座ると、左手を私の頬に添えて嬉しそうに笑った。


「やはりお前の声は心地よい」


そのまま左手を滑らせる様に喉に触れた。一瞬光、温かくなった。


「これで声を出しても大丈夫だ」

「あーあー…! 喉、なんともない!」

「心の病から声が出なくなっていたが、お前は自分の弱さに打ち勝った。 ここに来て魂が安定し、大切なものを見つけられた結果だろう」


これでみんなと言葉を交わせる……そう思うと涙が出てきた。嬉しくても人はこんなに涙が出るのかってくらい止まらなかった。私ここではちゃんと生きたい。諦めてばかりの人生は嫌。


「元気になったら、歌を聞かせてくれ」

「私、こっちの世界の歌知らないよ?」

「元いた世界のものでも構わない。 体力が回復したらまた迎えに来よう。 暫しゆっくり過ごせ」


アルファは頭にキスをするとスーッといなくなってしまった。


「レイラ!」


ノックもなしにいきなりドアが開いたのでビックリした。


「お父様!」


力強く抱きしめられ、私も負けじとギューっと抱きしめた。


「まだ熱があるな。 喉は? 大丈夫か?」


どうするべきか悩んだけど、嘘や誤魔化しはしたくなくて、正直に話すことにした。


「精霊が治してくれたの。 だから喉は全然平気」

「精霊が?」

「今後も精霊たちがお家に遊びにくると思うんだけど…その、許して頂けますか?」

「許すも何も、レイラのお友達なら大歓迎だ」

「お父様、ありがとう」

「いいんだ。 元気になったらまたみんなで食事をしよう。 クラリスもすぐによくなる。 だからレイラもゆっくりお休み」

「はい、お父様」


ベッドに横になると、お父様が布団をかけてくれた。そして目を瞑ると、私が眠るまでずっと頭を撫でてくれていた。とても幸せなひと時だった。







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