32.5【閑話】本人の知らぬところで


ビルヒリオ殿下の留学に関する資料をまとめていると、ノックの後ロレンソとルシオが部屋に入ってきた。


「これ警護の計画書な」

「こっちは警備の計画書」


机に置かれた書類が増え、思わずため息が漏れた。戦場に出ていたら出ていたで大変だが、執務室にいても違う意味で大変だ。


「で? どうして2人してソファーに座るんだ」

「そりゃぁーお前、お前の婚約について話し進めねーとだろ」

「ぐずぐずしていたら何処の馬の骨とも分からない男に攫っていかれるよ」

「…………」


ビルヒリオ殿下の一件以来、しつこいくらいに2人からはレイラに婚約の申し込みをしろと言われている。ロレンソの言う通りなのは分かっている。実際レイラの元にはたくさんのパーティーの招待状が届いている様だ。それに応える気はないのか、レイラの耳には届いていないのかは分からないが、どのパーティーにも参加していない。


「今は確かカストロ辺境伯領に行ってるみたいだけど、カストロ辺境伯の御子息はまだ婚約者いないよね?」

「そりゃやべーな」

「誰と婚約するかはレイラが決める事だ」

「本当にそれでいいの? 僕は嫌だね。 出自は関係ない。 今は侯爵家の人間だし、それに彼女のあの温もりは君に必要なものだ」

「お前だけにいい条件ってわけでもねーし。 レイラ嬢からしても王族であるアレクと婚姻を結んでた方が安全じゃねーの? その辺の貴族にメサイアを護れるとは思えねーな」

「辺境伯家と公爵家ならば分からないけどね」


2人が言っている事も分かる。だが自分の気持ちがどうにもよく分からない。たしかに彼女と一緒にいると落ち着くし気は楽だ。だがそれが愛なのかは分からない。歳も下で、目が離せないのは妹の様に思っているからかもしれない。


「ちゃんと考えるから、お前たちは今すぐ戻れ」


これ以上は言っても意味がないと思ったのか、2人は不満げな顔のまま部屋を出て行った。すると次はフレイムが現れた。


「お前まで小言を言う気か」

「聞く気があるのかい?」

「ない」

「なら言わないさ。 私はね、アレクが後悔しなければ何したっていいと思ってるよ」


頭に軽くキスをすると直ぐに消えてしまった。

もう執務をこなす気が失せた。少し休憩しようと俺は久しぶりに母の元を訪ねる事にした。




*****

その日の晩、別のところでも頭を抱えている人物がいた。その頭を抱える人物_ローランは応接室へ向かった。部屋に入るとロドルフォとその息子_現在の辺境伯であるフレドリックが居た。


「2人の方がいいかと思ったんだがな、今後の事を考えるとフレドリックも居た方がいいかと思って呼んだんだが、まずかったか?」

「いいや、フレドリックにも居てもらう方がいいだろう」


話をする前に、3人はお酒で乾杯した。


「それで? レイラ嬢は実際聖下とはどれほどの仲なんだ?」

「王都の教会を訪れる度に一緒にお茶をしているよ」

「それはまた……聖下に会う事がどれほどすごい事なのか知らなかったみたいでな、リズが周りに知られたらまずいって事はレイラに話したみたいだ」

「そうか、すまない。 その辺の配慮が欠けていた」


ローランは重い息を吐いた。


「お前がそんな凡ミス珍しいな」

「まぁ色々大変でな。 その大変な事の一つなんだが……実はレイラには生命の神、ベアトリス様の加護が付いている」

「「なっ__!」」


2人の驚きが重なった。そして難しい顔になる。


「それを知ってか知らずかは分からないが、アレクサンダー殿下がレイラと接触してきた。 その上デビュタントを済ませて直ぐにパーティーの招待状がひっきりなしに届いていてな……」

「レイラ嬢に婚約者はいらっしゃらないのですか?」

「まだ本人もそういう事に興味がないようで、話すらしていない。 婚約の誘いが全くないわけではないが、それはアロイスがサラッと流して対応してくれている。 いつまで通用するか分からないがね」

「ベアトリス様の加護持ちとなれば下手なところと婚約するわけにはいかんな。 加護持ちな上に侯爵家のレイラ嬢と婚約すれば、アレクサンダー殿下は一気に王座に近付くぞ。 それを王妃陛下が黙って見ているとも思えんな」


ニコラース殿下の母親である王妃は、いずれは自分の息子が王にと望んでいる。それは誰しもが知っている事実。


「できればレイラの気持ちを尊重してやりたい。 だがレイラが結婚相手をもし私たちに委ねるというのなら、私はセオドアと婚約を結ばせたいと思っているがどうだろう?」


セオドアの父であり、現辺境伯であるフレドリックが口を開いた。


「人見知りの激しいリズとも直ぐに打ち解け気が合う様ですし、そんなレイラ嬢が我が家の一員になってくれれば私は嬉しく思います。 口下手なセオドアがレイラ嬢と普通に話をしているところを見ると、セオドアもレイラ嬢の事を気に入っているのでしょう」

「レイラ嬢がセオドアの嫁に来たら、私の事はお祖父様と呼ばせようかの!」


誰よりも乗り気なのはロドルフォだった。そんなロドルフォの様子を見てローランは気が抜けた。


「それとな……」


言おうと口を開いたはいいが、ローランは言い淀んだ。


「なんだ、まだ何かあるのか?」

「…………」

「これ以上驚く事があるのか? ないだろ? とりあえず言ってみろ。 ここでの話は他言無用だからな」


ローランは一度深呼吸をして、気を引き締め直した。そして防音の結界がしっかり張られているか確認をした。


「レイラは恐らくメサイアだ」


2人は2度目の絶句。場が静まり返った。


「ちょ、ちょっと待て! 恐らくって何なんだ!?」

「レイラから直接言われたわけではないが、精霊たちはレイラの元へ遊びにくる。 我が家の温室でレイラはピアノを弾きながら精霊たちに歌をうたう。 すると黒ずんだ精霊たちはその歌を聴くとまた輝きを取り戻す」

「ベアトリス様の加護、そして精霊のメサイア……世間に知られては大変な事になりますね」

「もしもの時は教会にも協力を仰ごうとは思っている」

「とんでもない子だな。 これは知られる前に早々に婚約者を決めないと大変な事になるぞ。 それも婚約するなら力がある家じゃないと護りきれん」


ローランは頭を抱えた。当主を務めていた時にも勿論なんども頭を抱える事はあったが、引退してからはここまで頭を抱えたのは初めてかもしれない。


「まずはレイラ嬢と話をしてみてくれ」

「あぁ、そうだな」

「レイラ嬢とセオドアが婚約したなら、我がカストロ辺境伯家は力の限りレイラ嬢をお守りすると誓いましょう」

「あぁ、ありがとう」