31.古い絆


一通り話が終わった後、ゆっくり休めとアレクサンダー様たちは部屋から出て行った。本当に私の身体の事を気遣ってくださった言葉だったのか、それとも深く聞いてほしくないが故の言葉だったのかは分からない。


「サラ、少し一人にしてくれる?」

「畏まりました」


部屋の片付けをしてくれているサラに声をかけた。サラがテーブルの片付けを終えて出ていくと、部屋は途端に静まり返った。まる二日間も寝ていた上にさっきの話を聞いて眠れるわけもなく、私は気分転換にとバルコニーに向かった。外に出ると風が優しく身体を撫でる。

ボーッと遠くを見つめながら、さっきの話が蘇る。アレクサンダー様の話はとても衝撃的で信じられないものだった。

『ウーゴは裏切り者だった』そう言葉にした時のビルの顔は、怒りというより悲しみにあふれていた。ウーゴさんは長年ビルに仕えてきた人。だけどそれは獣王国の王妃陛下が仕組んだ事で、ウーゴさんの忠誠はビルにではなく王妃陛下にある。王妃陛下の願いをいつでも叶えられる様、ビルの元へ送られたスパイ……それがウーゴさんだ。

没落貴族のウーゴさんのご両親は既に他界していて、まだ幼い弟さんと妹さんがいる。ウーゴさんは家のために王妃陛下に身を売った。まだ幼い弟妹を守るために。そして次期王と決まったビルを暗殺するため誘拐を企て魔物に殺させる計画を立てたがビルは生き残った。そのままアガルタ王国へ留学を決めようとしていたビルに猛反対していたのは、暗殺が難しくなるから。だから一度母国へ帰る様説得した。その説得は成功したけど、一つだけ本人も気付いていない誤算があった。ビルやレジスさんが薄々勘付いていた事ではなく、ウーゴさん自身がビルに少なからず情を抱いてしまっていた事だ。ビルを殺そうとしたウーゴさんは一瞬躊躇ったそうだ。そしてその隙にビルを助けようとしたレジスさんが深い傷と毒に侵された。


「色々大変だった様だな」


振り返るとバルコニーの椅子にアルファが座っていた。


「ちょっと待ってて」


サラが置いていってくれたお茶を用意して、アルファの前に置いた。もちろんお菓子も一緒に。そして私もテーブルを挟んでアルファの前の椅子に腰を下ろした。

心配して来てくれたのかな?と思うと嬉しかった。


「何を考えている?」

「私も大切な人を守るためなら、ウーゴさんと同じ選択をしたかもしれない……そう思うとウーゴさんの罰はどうにかならないのかなって……」


ウーゴさんは2度の王族殺害未遂として、処刑が決定された。王妃陛下の推薦でビルの側近となったけど、ただそれだけで王妃陛下と殺害計画の証拠が繋がるものは一つもない。そんな状況で王妃陛下の計画などと供述はしないとウーゴさんはハッキリと言った。


「レイラが気に止むことはない。 結果的にその者は大切なものを守れたのだろう?」


アルファの言う通り、ウーゴさんは自分の人生と命を引き換えに大切な弟妹の人生を守った。ウーゴさんが真実を話したのは、ビルが『この血に誓ってお前の大切な弟と妹を守ろう』と言ったからだ。王妃陛下の命令に従ってたとはいえ、長年仕えてきたビルの事を信じているんだと思う。


「私は家族に蔑ろにされて生きてきた。 友達と呼べる人もいなかった。 まぁ、友達ができなかったのは私のせいでもあるかもしれないけど……それでも生きているだけで、幸せだと思える事は一つもなかった」


祖母が亡くなってからは……。


「この世界に来て不安な事や大変な事はあったけど、幸せだなって思う事が増えたんだ。 だからこの世界を好きになった。 でも、顔を合わせて笑い合って言葉を交わしたことのある人が死にそうになったり、処刑を待つ身になったり……今はこの世界がとても怖い」


家族に恵まれなかったけど生きていた世界は平和だった。でもここは家族に恵まれているけど、平和とは言い難い世界。

肩に精霊がとまり、頬を寄せた。するとくすぐったそうな笑い声が聞こえた。


「元の世界へ戻りたいか?」

「いいえ、ただ……恐怖を乗り越えたい」

「乗り越える必要のないものだ。 臆病なままでいろ。 そうすればお前は大切なものを見失わないだろう」

「でも恐怖に呑み込まれてしまったらと思うと……今から怖くてたまらない」

「愛する者たち、そして我々精霊が付いているんだ。 そんなものに飲み込まれる心配はない」


いつだってアルファに迷いはない。それはアルファが精霊だからなのか、性格なのかは分からないけど、私にとっては心強い存在だった。


「あ! ラグフレアの話聞いたよ! ロマンス小説にしたら人気がでそう!」


暗く重い雰囲気になってしまった空気を変えようと話を変えた。


「あぁ、ラグフレアか。 私は直接関わってはいないが、話なら北の精霊王から聞いた事がある」

「え? 精霊王って何人かいるの?」

「東西南北に一人ずつな。 私は東の精霊王だ」


またしても驚きな情報。確かにこの広い世界で一人で精霊たちをまとめるのは無理があるよね。


「ラグフレアは絆を取り戻したんでしょう? その絆ってみんながもってるものなの?」


もしそうなら、私も誰かと絆を結べたりするんだろうか?好きな人ができて、その人も私のことを好きになってくれたら絆は繋がるんだろうか?さっきまであんなにこの世界が怖いと言っておきながら、そんな事を考えてドキドキしている自分に呆れてしまった。


「絆には2種類ある」

「2種類?」

「大半の絆は想い想われ愛し合った瞬間に繋がる。 そしてもう一つが世界に望まれ結ばれた絆だ。 これは生まれる前、魂が生まれた瞬間に結ばれる絆。 レイラ……お前はもう絆が結ばれている。 果たされなかった絆が……」

「え? どういうこと? 果たされなかった?」

「世界が望んだ絆。 それはレイラとアガルタ王国の現国王であるサミュエルとの絆だ。 レイラが異世界へ飛ばされて、サミュエルの絆は行き場を失ったままだ」

「で、でも! 王妃陛下もいて側室の皆さんもいるじゃない!」

「絆を結んでいる二人は惹かれ合うが、別の世界にいたせいか絆の力は弱まってしまった。 それもありサミュエルは別の女性を愛す事ができた。王という立場だ、勿論政略的なところもあったのだろう。 だが世界が望んだ絆を持ったまま別のものを愛するという事は苦痛を伴う」

「苦痛?」

「愛している筈が姿形も知らない絆の先の女性に惹かれてしまう。 その所為で本当に目の前にいる者を愛しているのか疑心暗鬼に陥る。 世界の絆を切らない限り、その沼からは抜け出せない」


薔薇園で国王陛下と会った時のことを思い出した。あの時なんとも言えない感情に襲われた。


「その絆切れなかったら私はどうなるの?」

「……侯爵家にいる以上、国王であるサミュエルと会う機会はあるだろう。 顔を合わせれば合わせるほどお互いが惹かれあっていく」

「そんな__っ! それ切れないの!?」


結ばれたいなんて思ってもいないのに、絆が繋がったままなんて困る!!それに……本当に好きな人がいても自分の気持ちを信じられないなんて辛すぎる……。


「レイラがそういうと思って今どうにか絆を切れないか調べているところだ。 神々たちも今更お前たちをどうにかしたいなどとは思っていないが、何せこじれに拗れた絆で解除に手間取っている。 少し時間はかかるかもしれないが待っていてくれないか」

「そう、だったんだ……ありがとう」


アルファや神様たちが手を尽くそうとしてくれていると知ってホッとした。紅茶で喉を潤すと、肩の力がフッと抜けた。


「今の話って、国王陛下は知ってるの?」

「知らない。 このことを知っているのは神々と私だけだ」

「もし国王陛下と話をする機会があったらさ……その……」

「話してやるといい。 その方が本人の気持ちも楽になるだろう」


アルファの言う通り、この話をして国王陛下の気持ちが少しでも楽になってくれたらいいなと思う。