30.純粋な愛


直ぐ側で編み物をしていたサラと目が合うと、サラの目は直ぐに驚きに変わった。どうやら私は丸2日間眠っていたようだ。サラの心配をよそに、私のお腹は盛大に空腹だと主張した。

食事を済ませ、お風呂でスッキリして身支度を整え終えた時、見計らった様にドアがノックされた。アレクサンダー様がいらしたようで、部屋の中へ招き入れた。


「レイラ!!」


瞳を潤ませたビルに抱きつかれ、私もまだ小さな身体を抱きしめ返した。


「レイラ! 身体の具合は!? 辛いところはない!?」


不安そうな顔をするビルに笑ってみせた。


「たくさん寝たからかとってもスッキリしてるの。 それにさっきたくさん食べたから元気モリモリよ!」


そう言うとビルはやっとホッとした顔をした。


「レイラ様、私のために力を使ってくださったと聞きました。 今こうしてまたビルヒリオ殿下のお側に居られるのは、レイラ様のおかげです。 感謝してもしきれません。 本当にありがとうございました」

「僕からもお礼を言わせてほしい。 レイラ、大切な部下を救ってくれて本当にありがとう。 どうお礼をしたらいいのか……レイラの望むものを教えてほしい」


さっきまでの無邪気な子供の様なビルではなく、将来王になる一国の王子の顔だ。


「レジスさん、もうお身体は大丈夫そうですか?」

「はい。 レイラ様が全て治してくださったおかげでもうなんともありません」

「それなら良かったです。 ビルヒリオ殿下、私はもうお礼を頂きました」

「え? まだ何も__」

「元気なビルヒリオ殿下とレジスさんが並んでいるところを見せていただけただけで、私にとってはとても喜ばしいことなのです。 それ以上に望むものはございません」


ビルは私の手をギュッと握り俯いた。失礼だと分かりながらも、私はその手を離して震える肩を包み込む様に抱きしめた。


「おかえりなさい」

「っ__ただ、いま」


ビルが落ち着くのを待って、私たちはソファーへ腰掛けた。ロレンソ様とルシオ様はいつもの様にアレクサンダー様の後ろに立って控えている。そしてレジスさんも定位置であるビルの後ろに身を置いた。


「それにしても凄いことになっているな」


アレクサンダー様だけじゃなく、みんな何が起きたんだと言わんばかりに部屋中に散りばめられた色鮮やかな花を見渡している。


「精霊たちがお見舞いに持ってきてくれたみたいです。 私の好きな花ばかりです。 みんなのおかげでレジスさんを治療できたので、侯爵家に戻ったらお茶会に招待しようと思っています」

「お茶会? 精霊たちがお茶会に参加するのか?」

「みんな甘いお菓子が大好きなので、お茶会というよりはお菓子パーティーですかね」


“おかしー”

“やったー”

“やったー”


喜びながら部屋中を飛び回る精霊たち。その姿をチラチラと追うレジスさん。薄々感じてはいたけど、やっぱりそうなんだと確信する。


「レジスさんは見えていますよね」


普段表情を変える事のなかったレジスさんは一瞬ハッとした表情を浮かべた。


「レジス? どういうこと?」

「……レイラ様の仰る通り、私には精霊たちの姿が見えております」


今部屋の中を飛び回る精霊たちは透けている状態で他の人たちには見えていない。


「やっぱり! そっか…なるほど。 漸くあの日の精霊たちの行動の意味が分かりました」

「レジスなんで黙ってたの!? それにあの日の精霊の行動って何!?」


ブスくれるビルを見て笑うと、ビルの頬っぺたは更に膨らんだ。よく見るとアレクサンダー様も何やら不満げな目をしている。


「レジスさんと初めてお会いした時、精霊たちが異様にレジスさんを気にして周りをパタパタと飛んでいたんです。 不思議な者でも見る様に落ち着かない様子だったんです。 最初はあの…失礼ですけど、精霊たちの苦手とする人なのかと思ってました。 でも日に日に精霊たちはレジスさんの肩に乗ってくつろいだり、頭に乗っかったりして楽しそうにしていたので、苦手とかそういう事ではなかったんだなって分かったんです。 本当は見えているのに見えていないふりをしているレジスさんの事が珍しかったのだと思います」

「次はレジスの番! なんで見えるの黙ってたの!?」


レジスさんは少し困った顔をしていたけど、覚悟を決めたのか口を開いた。


「私の先祖で精霊と結ばれた者がおります。 先祖返りなのか、一族の中で何故か私だけが精霊を見る事ができるようです。 半獣人な上精霊が見えるとなれば、ビルヒリオ殿下にご迷惑をおかけしてしまうと思い、ずっと黙っておりました。 申し訳ありませんでした」

「半獣人だろうとなんだろうと関係ない! 僕はレジスだから側にいてほしいと思ってるんだからね!!」


深々と頭を下げられ、私は余計な事を言ってしまったんじゃないかと不安になる。


「どうりで不思議な匂いがすんなーと思ったぜ」


突然トネールが現れ、そしてフレイムも姿を表した。


「そういえば、一人いたね。 変わり者の精霊がさ。 名はなんと言ったか……」

「ラグフレアだろ」

「そうそう! そんな名だったな! 確か風の上位精霊だったか?」

「あぁ、そーそー。 結婚したい人が出来たから人にしてくれって精霊王のとこに何度も押しかけてた奴」

「精霊がそんなに簡単に人間になれるのか?」


みんなが頭に浮かべているであろう疑問を、アレクサンダー様がサラッと聴いてくれた。


「そんなわけねーだろ」

「ラグフレアは人間になれるのなら、精霊の力も捨て、死して生まれ変わる事も捨てると言ったのさ。 そして、もっと対価が必要ならば愛する獣人から自分の記憶を消してくれと頼んだのさ」

「記憶を? そんな事をしたらせっかく人になっても愛する人と結ばれないかもしれないじゃない」


次は思わず私が聞いてしまった。


「ラグフレアはね、相手から自分の記憶がなくなったとしても一度愛を確かめ合った絆はまた必ず繋がる。 そう笑顔で精霊王に言ったのさ」

「絆……」

「その純粋な愛と覚悟を精霊王は認めたって事だ」

「記憶を失った獣人をまた見事振り向かせた結果が今につながっているって事さ」


みんなの視線がレジスさんに集まる。

なんだか御伽噺で絵本とかになっててもおかしくない話。

あ、そうか……だから……突っかかっていた何かがストンと落ちた。


「レジスさんのご先祖様に精霊がいたから上手くいったのね」

「まぁ、そういうこったなー」

「どう言う事ですか?」


今まで口を開かなかったロレンソ様が興味津々に瞳を輝かせている。


「レジスさんの解毒をしようとしたら私の力が押し返される感覚がして、上手く力が使えなかったんです。 その時精霊たちが手伝ってくれて、力がレジスさんの体に少しずつ流れ込んでいったんです」

「精霊たちが微かに感じるレジスの精霊の力とレイラの力を上手く繋いだと言う事さ。 あの魔力量だ、その辺の人間には治癒できまい。 精霊と深くつながりのある人間がいて、その人間が治癒と解毒の力を持っていた。 そしてその人間が身近にいた。 レジスは運が良かったのさ」


偶然がこれほど重なったら奇跡と呼ぶんだろうか。何にしろ、レジスさんが助かって、またこうして話ができて嬉しい。ビルの事をとても大切に思ってくれている人で、ビルがとても信頼している人だから。

……あれ?そういえば……いない。


「ウーゴさんは?」


その言葉に一気に空気が張り詰めた。