29.半獣人


お忍びでジュリア様と街へ出かけ昼過ぎに王宮に戻ると、王宮内がなんだか騒がしかった。


「いったい何があったの?」


ジュリア様が近くにいた人に聞くとその人は驚くことを言った。


「ビルのところへ案内してください!!」

「で、ですが__」

「私が許可します。 直ぐに案内なさい」

「畏まりました」


ビルがまた襲われた?どうして!?護衛についてくれていたアレクサンダー様達は?みんな大丈夫だよね?

心臓がバクバクしていて、足がもつれそうになる。

ビルの笑顔が浮かぶ。別れの時には少し寂しそうな顔をしていたけど、それでもまた直ぐに戻ってくると笑顔だった。


「レジス!! しっかりしろ!! ずっと側で守ると約束しただろう!!」


案内された部屋に入ると、今までに聞いたことがないほどのビルの大きな声がした。

ベッドに横たわるレジスさんの腕や首は紫色に変色している。そして血だらけだ。部屋には深紅の聖女様もいる。何故治療をしないの!?


「ビル!!」

「っ__レイラ!!!」


張り詰めた様なビルの顔はやつれた様にも見えた。

側に行こうとすると、騎士たちに止められた。


「いい、彼女を通してくれ」


アレクサンダー様の一言で直ぐ様道を開けてくれる。

ベッドの側のビルの隣へ行くと、ビルに助けを求められた。


「レイラお願いだ! レジスを助けて!!」


ビルを落ち着かせようと膝をつき、視線を合わせた。そして両手で包み込む様にビルの手を握った。その手は震えている。


「ビル、レジスさんの状態を教えてくれる?」


安心させる様に静かな声で尋ねた。


「レジスは半獣人で、半獣人は年に一度どこかのタイミングで人の姿に戻るんだ。 今その状態で、怪我してて毒にも侵されてるのに治療ができないんだ」


人の姿になってたら治療ができない?どういう事?


「半獣人は人に戻ると身体の中で大きな魔力が蠢(うごめ)き、暴走する。 その強大な魔力を抑えながら治癒をするには、その半獣人よりも多くの魔力を持っていなければならない。 そこの“聖女様”では魔力量が足りない様だ」


アレクサンダー様の説明で深紅の聖女様の顔が恐ろしく歪んだ。


「わたくしにできなかったのですよ!? そこの聖女でもなんでもない、それも出自も怪しい者に何かができるとは思えませんわ!!」


背筋が凍る感じがしてぱっとアレクサンダー様の顔を見ると、とても冷たい目をしていた。


「レイラっ__」


目にたくさんの涙を浮かべるビルはとうとうその雫を落とした。頬を伝う涙をそっと拭い、私はベッドの脇へ腰を下ろした。


「私にできるかわからないけど、治療をしてみてもいいかな?」

「ありがとう! ありがとう、レイラ!!」


“みんなでー”

“ちから、かすー”


心の中で精霊たちにお礼を言って、レジスさんの手を握った。その手はとても冷たくて汗ばんでいる。唇も紫色に変色しつつある。きっともうあまり時間がない。

まずは毒をどうにかしないと。

解毒をすればしようとするほど、レジスさんの力に拒まれているような、そんな感覚が体に伝わってくる。


“おてつだいー”

“おてつだいー”


そう言いながら精霊たちが私とレジスさんの繋がれた手元に集まってくる。そしてその光が少しずつレジスさんの身体を包み込んでいく。

レジスさんの顔色が良くなっていく。変色した体も元に戻っていく。

解毒が終わると一気に身体から力が抜ける。倒れそうになった私の身体を支えてくれたのはアレクサンダー様だった。


「ありがとうございます。 解毒はできました。 あとは傷を癒すだけです」

「だが__」

「大丈夫です。 倒れはしても死にはしません」


勉強する時間がなくて、テスト前に慌てて徹夜で勉強した時の疲れ方と似てる。


「魔力回復はあまり得意ではありませんが、しないよりはマシかと思いますので失礼いたします」


ロレンソ様が私の肩に触れると、身体が少しぽかぽかした。


「少し怠さがなくなりました。 有難うございます」

「いいえ、こんな事くらいしか出来ず申し訳ない」

「とても助かりました」


心配そうに様子を伺うビルに笑いかけ、またレジスさんの治療に専念した。

手伝ってくれている精霊たちにはたくさんお礼をしないと……そんなことを思いながら治療していた私は、治療後安心から気が抜けたのか意識が遠のいた。いろんなところからいろんな声が聞こえるけど、誰が何を言っているのか全然分からない。

とにかく疲れて、一刻も早く眠ってしまいたかった。