23.継承者


両親に見送られる中、私は王都へ旅立った。一人では不安だったので、アレクサンダー様にお願いしてサラも同行させてもらえることになった。


「あの……私も本当にこの馬車に乗っていて大丈夫なんでしょうか?」

「何か問題があるか?」

「あ、いや……」


てっきり王子様同士二人で馬車に乗るものだと思ってたから、そこに自分が加わっていいんだろうかと不安になる。でも気にしているのは私だけなようで、アレクサンダー様とビルは何も問題はないという顔をしている。

せっかくだから街並みをゆっくり見ながら……と、アレクサンダー様が提案してくれて、少し遠回りしながら転移石へ向かっている。

アレクサンダー様に聞きたい事があるけど、今ここで聞いていいものか分からなくて落ち着かない。どうしよう……ビルがいないところでこっそり聞いた方がいいよね?


「どうした?」

「あ、いえ……なんでもないです」

「レイラ具合悪い? 馬車に酔っちゃった?」

「ううん、大丈夫」


下から顔を覗き込んでくるビルに笑って見せた。


「ビルはお迎えがきたら直ぐに獣王国へ帰っちゃうんだよね?」

「……たぶん」

「多分?」

「無事に帰れる保証はないから……」

「…………」


悲しそうに笑うビル。向かい側に座っているアレクサンダー様は何を考えているか分からないポーカーフェイス。この際と思い、気になっている事を聞いてみる事にした。


「アレクサンダー様、一つお聞きしても宜しいですか?」

「俺で答えられる事ならなんでも聞くといい」

「ビルを誘拐した犯人は捕まったのでしょうか?」


ビルの手をギュッと握った。


「ビルヒリオ殿下を誘拐した犯人と思われる人物を見つけたが、本当にその者たちが誘拐犯かは分からない」

「何も喋らないと言う事ですか?」

「いや……全員魔物に襲われ死んでいた」


一気に血の気が引いていく。

もしもビルが誘拐犯の目を盗んで逃げていなければ、ビルも襲われていた。死んでいたかもしれない。

今度はビルからギュッと手を握られた。


「僕は逃げて、レイラに会えてとても運が良かった」


私が励まさなければいけないのに、逆に励まされてしまった。年上なのに情けない。


「これはまだ極秘扱いなのですが、アレクサンダー殿下はすでに勘づいていらっしゃるかと思うので、お話しします。 僕が将来獣王国の王となる事が決定いたしました。 そのせいで僕は誘拐され、殺されるところだったんです。 僕が死ねば他の者に印が与えられるから……」

「しるし?」


そう聞くと、ビルはワイシャツのボタンを外し、胸の上辺りを見せた。胸元には稲妻をモチーフにした様な魔法陣の様な模様が描かれていた。


「王位を継承する者は5歳から10歳の間にこの印が身体のどこかに現れます。 私たち獣人族は魔力が低いですが、この王族にのみ継承される印は魔力を溜め込む事ができ、人族に負けないくらいの魔法を使う事ができるんです」

「それならその魔力を使って誘拐犯に反撃できたんじゃないの?」

「印が現れた時から魔力を溜めてはいくけど、王位を継承してからじゃないと使えないんだ」

「それって、王様にならないと使えないって事?」

「うん」

「え!? それじゃあそれまではずっと危ないって事!?」


頷くビルになんて声をかければいいか分からなかった。それなら継承するまでこの国にいればいいって思うけどきっと王子様が気軽にそんな事できるはずないし、かといって帰ってから危ない目に遭わない様にずっと閉じこもってるわけにもいかないだろうし……。


「ビルヒリオ殿下、そんな国家機密を私に聞かせてもよかったんですか?」

「私は少しでも長く安全でいられる場所に居たいのです。 その為には国外に味方が欲しいんです」

「それが私だと? 獣王国の権力者たちの後ろ盾欲しさにビルヒリオ殿下を消してしまうかもしれないですよ?」


えー!?そんな物騒な事なんで言うの!?

空気が重くて嫌な汗が背中を伝う。心なしか息もしづらい。


「いいえ、アレクサンダー殿下はそんな事は絶対にしません」

「何故そう言い切れるんですか?」

「アガルタ王国は王子が数名いらっしゃいます。 そして我が国の様に明確な継承方法がありません。 もしも明確な継承方法があれば、政治や婚姻、民衆や貴族の支持、戦果を上げるなど明らかに見て分かる様な力の付け方をされないでしょう。 と言う事は、いつどの様な状況になってもおかしくはありません。 民衆に戦の神と讃えられるアレクサンダー殿下とて例外ではありません。 そんな殿下にはいざというときの逃げ場が必要なのではありませんか?」

「その逃げ場になると?」

「アレクサンダー殿下が窮地に陥れば私がその逃げ場となりましょう。 そして、王となられた暁には互いの国の利益を生むための協力者となりましょう」


アレクサンダー様はただ静かにジッとビルの目を真っ直ぐみている。大人でもアレクサンダー様の威厳に圧倒されるというのに、ビルは怯む事なく交渉を持ちかけた。身構えるでも、息巻くでもなく、穏やかな表情と真摯な瞳に嘘や偽りは感じられない。


「ははははっ! 気に入った! では今から俺たちは同志という事で宜しいか?」

「はい! 宜しくお願いいたします!」


ビルは差し出された手を力強くにぎり、二人は握手を交わした。

私には関係ない話だというのに、どっと疲れた。安心した途端、両肩が落ちた。知らない間に力んでしまっていた様だ。


「レイラ、君は今回の件の証人になってくれ」

「え!? 確かに話しは聞いてしまいましたけど、こんな大事な話の証人が私でいいんですか!?」

「僕もレイラに証人になってほしい」


二人にそう言われてしまえば「分かりました」以外の言葉を言えるわけもなかった。


「僕はレイラの力にもなりたいって思ってる。 もしも困った事があれば頼って欲しい」

「ふふっ、ありがとう。 ビルも困った事があればいつでも言ってね。 私に出来る事なんて少ししかないだろうけど、できる限り力になるから」

「今でも十分力になってもらってるよ。 レイラ、本当にありがとう」


両手でそっと手を握られ、そのビルの手を包み込む様に私も両手で優しく握った。