2.調和する者


ローラン様のお屋敷に来て約2週間程が過ぎた。久しぶりにこんなにも穏やかな日々を過ごしている気がする。ローラン様と奥様は家督を子供に渡した後、このお屋敷で隠居生活を楽しんでいる。


「レイラ、お庭でお茶でもどうかしら?」


部屋を訪ねて来たローラン様の奥様であるクラリス様に笑って返事をした。

お二人にはとっくに成人している3人の子供がいて、みんな男なんだとか。子供たちは成長するに連れ、剣術や勉強、狩や乗馬などに興味を持ち、一緒にお茶をする時間は少なくなっていったから娘がいればと思う事があったとクラリス様は仰っていた。

何処の誰かも分からない、得体の知れない私の面倒を見てくれるお二人、そして温かい屋敷の人たちに感謝しかない。だけどそれとは裏腹に同じくらい申し訳ない気持ちもある。


「レイラ? どうかしたの?」


考え込んでしまった私の顔を心配そうに覗くクラリス様。

考えていた事を伝えてみようと、身振り手振りで説明した。クラリス様は最初は分からないという顔をしていたけど、私がメイドさんの真似事を何度も繰り返ししていたら、どうやら意図が伝わった様だ。


「メイドとして働きたいと言っているの?」


大きく頷くと、クラリス様は柔らかな笑みを浮かべた。

ただ拾われた私がタダでお屋敷に置いてもらうなんて申し訳ない。働かざる者食うべからずよ!

私の左手にクラリス様の手が重なった。


「今晩ローランと話をするわ。 だからその話はまた明日でもいいかしら?」


ペコっと頭を下げ、それからはいつもの様に日常の話に戻った。私は喋れないから、クラリス様の話に笑ったり驚いたり、頷いたりすることしかできない。それなのにクラリス様はいつだって楽しそうな顔をしてお話をしてくれる。

優しいローラン様とクラリス様の元で育った子供たちはさぞ幸せだっただろう。

クラリス様は子供たち、そしてお孫さんたちの話をしてくれる。そして趣味の庭いじりの話もしてくれる。

お庭の寛げるスペースの周りにはとても綺麗なお花が咲いている。それはどれもクラリス様がお世話をしている。ローラン様が当主の時には人の目もあり、遠慮して温室の一部をこっそり育てていたけど、隠居してからは誰に遠慮することなく好きなことができると楽しそうに話していた。

クラリス様とのお茶を終え、再び部屋に戻って1人になった。過ごしていた部屋とは比べ物にならないくらい広くて、ベッドも大きく寝心地がいい。ヨーロピアン風のテーブルやソファーはどれもセンスがいい。小花柄の壁紙がお部屋の雰囲気を柔らかくしている。この部屋は元々女性のお客様がいらした時用の部屋なんだとか。

バルコニーに出るガラス張りのドアを開け、外に一歩踏み出した。手すりに両手をつきあたりを見渡す。気持ちのいい風が頬を撫でる。


(今は時期で言うと春かな? どうして…私はここにいるんだろう……)

「本来いるべき場所に戻ってきた。 ただそれだけだ」


突然の声に驚いて振り返ると、知らない男性が立っていた。

見上げるほど背が高く、透き通る様な真っ白な肌。腰よりも長く癖のないアッシュベージュの髪の毛は、思わず触りたくなってしまうほど艶やかだ。


(誰……)


不思議と怖さはない。


「精霊たちの言っていた通りだな。 まさか声を失っているとは……」


彼は私の側にくると首元に触れ、悲しそうな顔をして親指で撫でた。


「心の病からの場合、我々精霊にもどうする事もできない」

(あの……どちら様ですか?)

「私はアルファリード。 精霊を束ねる者だ」

(私は_)

「知っている。 マナベ ユウナだろう? 今はレイラという名になったんだったか。 名を変えればこの世界への定着が早くなる。 良いことだ」

(ねぇ…戻ってきただけってどういう事?)

「この世界で人々が魔法を使えるのは何故か。 それは精霊が存在しているからだ。 だが精霊も万能ではない。 精霊の精神と肉体を調和する存在が必要だ。 それができるのは上位精霊の生まれ変わりである人間だけ。 それがお前だ、レイラ」

(どうしよう……ますます意味が分からない……)

「はぁ……つまりはこちらの世界で生まれ変わるはずが、なんらかの間違いか不手際かで違う世界へと行ってしまった訳だ。 そしてなんとか連れ戻したものの、まさかの声が出ないというありえない状況だ」

(あなたが私をここに連れ戻したの?)

「私と神たちが連れ戻した。 その時に地球の神と揉めてな…我々が知らぬ間にレイラがこの世界へ飛ばされていた。 来るのが遅くなって悪かった」


確かに目を覚ましてからは不安で怖かったが、今は穏やかに過ごしてる。


(ローラン様に見つけてもらえて、ここに連れてきてもらえて私は幸せ。 それにあのまま日本にいても私辛くて自分で自分のこと……)

「それはこちらの神々の責任でもある」

(え?)

「本来はこちらで生きる魂だ。 地球では馴染めず心が不安定だったのだろう。 それに、孤独を感じることが多かったのではないか?」


心当たりがあった。父と母、姉2人の5人家族だったが、その輪の中に居るはずが疎外感を覚えたことがある。成長するに連れ家族との溝が深まり、母からは子供ではなく道具として見られていた気がする。声が出なくなってからは粗大ゴミの様な扱いを受けていた。


「本来はこの屋敷の主人、ローラン・ヴァレリーとクラリス・ヴァレリーの子として生まれる予定だった。 地球の神に雑に飛ばされはしたが、魂がこの地に惹かれたのだろう。 そして同じくレイラの魂に惹かれたローランがお前を見つけた」

(本当はこの家に生まれるはずだった? 私が? だからこんなに安心できるの?)

「そうだ。 だから血の繋がりはなくとも魂の繋がりがある。 そしてここでは精霊の加護がお前を守ってくれる。 声が戻ったら精霊たちに歌を歌ってやってほしい」

(歌を?)

「レイラの歌で精霊は救われる。 声が出ずとも精霊たちはここに遊びに来るだろう。 その時は迎えてやってほしい」


本当にまた歌える日がやってくるんだろうか。そんな不安を見透かされたのか、頭をそっと撫でられた。


(アルファリード様もたまに遊びにきてくれる?)

「あぁ、私もたまに顔を出そう。 それと、私のことはアルファでいい、我ら精霊のメサイアよ」


そう言ってアルファは私のおでこに口付けた。突然のことにフリーズしてしまった。


「私の加護を授けよう。 もしもの時は守ってくれる」


そう言ってアルファは霧の様にいなくなってしまった。

この世界の人は距離感が近くないか?ローラン様とアルファがそうなだけなのか?