「すこしは慰めてくれたらどうか」
 店のカウンターに突っ伏したまま、友が言う。
「俺に慰められて嬉しいか?」
「むしろ腹が立つ」
「それも失礼な話だな」
 
 先ほどから酒もたいして飲んでいないのに俺に絡んでくるのは、俺がスタッフとして働くバーの常連で、俺の個人的な友人で、つい先日まで俺の妹の恋人だった男だ。

「なんで振られたと思う?」
「俺はあいつの兄ではあるが、あいつの考えることはさっぱりわからんからな」

 俺の妹というやつは、いつまで経ってもさっぱり落ち着きのないやつで、自由奔放、まさにそれを体現したようなやつだ。
 
 そういうところも含めて好きだというこの物好きと付き合い、妹にしては珍しく長く続いて、これはうまくまとまるのでは?と周囲が思い始めたある日、突然「ごめんやっぱムリ」と言って友人の前から去っていった。挙句軽く行方不明になり、心配する家族と友人に対して「あ、今ね、バリにいるよ」と3日経ってから連絡してきた。お前その自由さはそろそろいい加減にしなさい。

 まあそれで今この一方的に振られた友人は、仕事が休みの俺をわざわざ職場に連れ出してこうしてくだを巻いているという次第だ。兄として妹の件は申し訳ないと思うが、俺は最初に言ったからな。あいつはヤバイからやめておけっ て。

「頭切り替えて次の出会いを探すんだな」
「そうは言っても、紗良みたいな子はそうそう」
「紗良みたいな女の子が他にもいてたまるかっ」

 やれやれと俺は嘆息を漏らす。あいにく俺は友人を励ます言葉を持っていないし、紹介できるような女友達もいない。なんなら俺が紹介してもらいたい。

 友人がトイレに立ったタイミングで、先輩バーテンダーがコッソリ俺のところにやってきた。

「清水さん、何かあったの?」
「あー、アレっす。俺の妹と別れたみたいで」
「なるほどそれで。ベタ惚れだったもんねえ」

 俺の様子からお手上げなことを察したようで、先輩も苦笑いだ。

「なんか、励ましの酒ってありますかね」
「そうだなあ。あ、アレなんかどうだろう」

 トイレから戻ってきた友人は、この世の終わりみたいな顔をしていた。

「なんだどうした」
「紗良に電話かけた」
「お、おう。それで」
「もうかけてこないでねって明るく言われた」

 我が妹ながらひどい。慰める兄の身にもなって欲しい。
 はあ、と再びでかい溜息をもらしつつ、俺は先輩にアイコンタクトを取る。これが今のこいつに励ましになるかは甚だ怪しいが、何もしてやらないわけにもいかない。

「これでも飲んで元気出せ」
「何これ」
「ダイキリ」

 意味がわかっていない友人にグラスをひとつ渡して、乾杯する。先輩が出してくれたダイキリは綺麗な白で、甘みと酸味のバランスが絶妙、な気がする。

「わりと甘いな。でも美味い」
「だな」

 そういうと、友人はグッとダイキリを煽った。あ、バカこれは飲みやすいけど結構強い酒なんだよ。