先週この店で、彼と3回、目が合った。

 ただ、それだけ。

 たったそれだけの逢瀬を経て、私は今、店の奥、店内でも一層薄暗い半個室のソファに身を預け、彼を待っている。

 土曜の夜は人も多く店の中も賑やかになるのに、ここだけ少し別空間かのように、喧騒は遠く、静かなBGMにかき消されていく。自分の心臓の音の方がよほど大きく聞こえる気さえする。

「待った?」

 私の頭上で声がする。少し低くて、落ち着きのある優しいトーン。

「そろそろ帰ろうかと思ってた」
「それは危なかった」
「嘘、全然待ってない」

 カウンターで受け取ってきたお酒を右手に待ったまま、彼が私の隣に座ってくる。ささやかなサイズのソファは、2人で座ると必然的に身体が密着するようにできていて、顔を見合わせたらもう、すぐそこに彼の唇があった。

 不自然にならないよう、そっと顔を背けるけれど、平静を装っているだけ、余裕ぶっているだけの慣れていない女であることなんて、きっと彼には全て見透かされているのだろう。

 けれど彼は大人の男性らしく、私を子供扱いしたり、態度を大きくしたりすることもない。身体は密着させたままだけれど、いつの間にか私も落ち着いて、ごくごく自然な会話を楽しむことができた。

「綺麗な指だね」

 ほんのり酔いが回った頃、彼が私の指を絡めて耳元で囁いた。

「でしょう、ちょっと自慢なの」

 先ほどから色々なところが触れ合っているはずなのに、絡まる指同士がとても色っぽく感じられて、慣れてきた鼓動がまた跳ね上がる。

「この指でカクテルグラスを持つところが見たいな」

 それまでロングカクテルを飲んでいた私に、彼がまたも囁く。クラっとするほど身体に深く響く声に促されるまま、私はひとつ、カクテルを選んだ。

「はは。キス・イン・ザ・ダークか、いいね」
「似合いでしょう?」

 ほんの気持ち、いつもより気を遣ってカクテルグラスを持ち上げ、口元に運び、喉へと通す。それを全部、彼の熱を帯びた視線に見つめられながら。

 幾度目かの、視線が交わる。

 刹那、私は優しく彼の唇に噛みついた。