憧れている人がいた。

 大好きな人がいた。

 ――前世から。

 その気持ちに後押しされ、彼女は苦手だった魔法を学ぶ学園への入学を決めた。
 画面越しにしか会えなかった最愛の人。それが同じ世界に生まれ変われたと知った時、どれほど歓喜したことか。

 彼女が生まれ育ったのは都会と呼ばれる王都から遠く離れた村だった。ゲームで繰り返し目にしたファンタジーあふれる町並みも、ここでは遠い幻にすぎない。

(主人公ってこんな田舎に暮らしてたんだ……早く都会に行かせてよー!)

 貧しくはない。幸せな家庭だ。魔法が発達しているため豊かさもある。けれど周りにあるのは一面の緑。早く十六歳になって学園に通いたい。そうすれば美味しいものがたくさん食べられる。流行りの洋服でおしゃれをして、放課後は友達と遊び放題。何より都会に行けばあの人に会える!
 主人公は偉大な魔女に憧れて入学したけれど、彼女にとってそういったことは二の次だった。ただ彼とお近づきになれたなら――そんな幸せを夢見て生まれ育った町を飛び出した。

(学園に入学さえすればそれで終わりだと思ってた。だって私は主人公だから、勝手に幸せになれるって)

 主人公なのだからそれなりに魔法の勉強していれば恋が始まると思った。でも実際は、出会いイベントすらままならない。記念すべき入学初日だというのに攻略対象が誰一人として捕まらなかった。
 会場で先輩方から話を聞けばアレンは帰宅し、オニキスはその後を追ったという。アレンが消えたことでリオットも消え、その埋め合わせにジークは手伝いに駆り出され、唯一の友達を失ったマリスは自宅に引きこもったと見るべきだろう。

 最悪だ。こんなことでは幸せな結末なんて望めない。
 おかしいと感じたことは他にもある。入学早々パーティーで因縁を付けてくるはずの悪役令嬢イリーナがいなかった。それどころかそんな生徒はいないと言われてしまった。
 やっとの思いで探り当てた情報は校長から教えられたものだ。