ファルマンとの遭遇には取り乱してしまったが、外出事件から戻ったイリーナはいつも通りの生活を送っていた。
 あの時ファルマンが何を考えていたかはわからない。けれどここにいる限りは安全だと、イリーナは再び引きこもる決意を強くしていった。

(ファルマンとは六歳の誕生日に顔を合わせている。だから幼女の私にイリーナの面影を見ても不思議はない。親戚の子かと思ったのかもしれないし、考え過ぎ、よね……?)

 だから慌てず騒がず。いつも通りに過ごそうと決めた。

「良い天気なんだから、薬草の手入れに行かないと!」

 かつてはこの屋敷で働いていたジークも学園に通うため屋敷を離れている。裏庭での薬草栽培は幼くなってもイリーナの仕事だ。一人で世話をしているとジークの有り難さが身に染みる。この身体だと雑草取りも大変だ。
 イリーナは小さな手で草をむしり雑草の山を作りあげていく。知識がない人に任せると間違って大切なものまで抜きかねないのでイリーナの孤独な作業となっている。

「水をやろうにもこの身体だと上手く魔法をコントロール出来ないんだよね」

 薬草は繊細だ。水は魔法で出せるがコントロールが難しいく、強すぎては葉が傷んでしまう。かといって弱いと水量が足りず、複雑な調整をするよりも結局自分で水を運ぶのが一番らくなのだ。

「それにしても今日は本当に良い天気で……ん?」

 太陽の眩しさに手をかざしたはずが、イリーナの顔に影が差す。

(雲?)

 のんきに構えていると急に辺りが騒がしくなった。

「そこ、どいて!!」

「え……?」

 身体を覆う影は瞬く間に大きくなり、イリーナは空を見上げた。
 ――少女がイリーナめがけて降ってくる。

「うそぉ!?」

 間一髪で避けたイリーナは尻もちをついた。降ってきた人物もイリーナを避けようとしたことで着地に失敗し派手に転んでいる。

「い、たたっ……」

 身体を起こした少女はイリーナの無事を確認するなりほっとしていた。

「良かった! 可愛い女の子を潰さずにすんだ!」

「あ、なたっ!」

「裏庭だったら誰もいないだろうってその辺の木から飛んでみたけど、コントロール難し過ぎ。しかも女の子がいるなんて聞いてないし!」

 あれこれ文句を言う少女もイリーナから見れば可愛い女の子だ。バザーの日に見かけたベージュの髪に、新しさを感じる魔法学園の制服は転んだせいで土に汚れている。イリーナはそんな彼女の名前を知っていた。