私はいったい、今まで何を見てきたんだろう――。


「ちょっと待てって。晴日(はるひ)!!」


 ヨーロッパの大聖堂を連想させるかのような、白亜の独立型チャペル。広々としたガーデンには存在感のある大きなプールがあり、隣接するパーティー会場はリゾート地のような雰囲気を漂わせる。

 そんな都内の一頭地に佇む有名な式場で、今日、姉の結婚式が行われる。

 しかし、そこで思いもよらない事実を目の当たりにした。



 私――瀬川 晴日(せがわ はるひ)は、花嫁の控え室を飛び出した。

 ヒールの高いパンプスで、人目をはばからずに会場を駆け抜ける。膝下まである淡い緑色のドレスがはだけるのなんて気にも留めない。

 そんなことにかまっていられる余裕もなく、その時ばかりは無心で走った。


 入り込んだのは、人気(ひとけ)のないガーデンスペースの裏手。

 久しぶりにはいたパンプスのせいで足が痛むのを感じながら、息を切らして立ち止まる。その瞬間、ワックスで固めていた長い前髪が、耐えきれずにサラサラと落ちてきた。



「足速すぎだよ.....。」

 そこへ、追うように走ってきた男性にぱっと腕を掴まれる。

 白いタキシード姿で息を切らす彼――矢島 大翔(やしま ひろと)は、私の姉――(さくら)の結婚相手。


 しかし、その彼は、3年前から今日の今日まで付き合ってきた、私の最愛の人。私の恋人でもあった。


「戻りなよ。桜が待ってるんでしょ。」

 私は振り返りもせず、彼に背を向けたままそう突き返す。引き止められても戻る気なんてない。

 こんな式、めちゃくちゃになってしまえばいい。そんな思いすらよぎった。