アレクが持ってきてくれた季節の花を生けた花瓶の水を入れ替え、丸テーブルの上に置く。その横に置かれた書類の束が目に入り、フローラは表紙のタイトルを読み上げる。

「竜王様の秘めた恋……ですか」

 脚本も担当しているミリアムが新聞から目を上げ、にやりと口の端をあげた。

「気になる?」
「いえ……でも、定期的にやっている演目ですよね」
「なんて言ったって、竜王様のお膝元だからね。観客からも好評なのよ。とは言っても、話の流れは毎回違うけどね」

 フローラはぱらぱらと脚本を斜め読みし、表紙に戻る。
 少し黄ばんだ用紙は否応なく年月を感じさせた。

「結構古そうですけど、いつの脚本なんですか?」
「ふふん、それは記念すべき一作目よ。二十年ぐらい前のものかしら」
「ということは、次の脚本は今から作るってことですか?」
「ご名答」

 冷めたコーヒーを飲み干し、ミリアムが頷く。

「確か、今の竜王様って即位して五年でしたっけ……?」
「そうそう。圧政を敷いていた伯父を追い出し、無血開城させた英雄王! 内政のお仕事にかかりきりで、まだお妃様の話は出ていないけど、民が待ち望んでいるのはラブロマンス。その期待に応えるのが私たちの仕事よ!」
「はあ……」

 当然ながら竜王の姿なんて見たこともないので、雲の上の存在だ。
 本来の姿は、この国でも珍しい黒竜らしいが、庶民のフローラではまず見る機会もないだろう。そもそも接点がない。

「城下町でのお忍び中にヒロインと出会うシーンの演出はどうしようかしら? 花売りの少女との出会いもいいわよね」
「ああ、出会い頭にぶつかって、花かごから花が散らばる展開ですね……」

 見せ場となる重要なシーンだ。
 あわてて花を拾う竜王にヒロインがときめく表情を考えるだけで、役者魂に火がつく。

「お城では竜王様の影武者がせっせと執務をしていて、主の戻りを今か今かと待っているのよ」
「え、影武者がいるんですか?」
「いたらいいなっていう妄想よ」
「…………」
「会うたびに、赤みかがった紫の瞳に見つめられ、愛を囁かれるの。だけど、そんな惹かれ合う二人に魔の手が――」

 ミリアムの妄想は膨らむ一方で、フローラは話半分で聞き流した。

(竜王様か……どんなお人なんだろ……?)

 黒竜というぐらいだから、髪色は烏の濡れ羽色だろうか。

(赤みかがった紫の瞳といえば、アレクも同じよね。だけど、髪の色が違うし、そもそも竜王様が下町で酔い潰れているわけないし……。うん、あり得ないわね)

 フローラは余計な考えを頭から排除し、コーヒー好きのミリアムのためにおかわりを入れに行った。