路地裏の酔っ払いだったアレク――アレクセイは一宿一飯の恩義を返すべく、フローラの舞台を観に行くようになった。出番がないときは劇場に併設されているカフェで働いているという話だったので、執務の時間を縫って休憩がてらお茶をしに行った。
 女性に興味がなかった竜王がとうとう番いを見つけたらしい。そんな噂が出るのは時間の問題だった。

「アレクセイ陛下。ヴァルジェ王国の瘴気発生の範囲は日に日に増えているようです。このままだと、我が国への被害も秒読みでしょう」

 側近のグリーゼルが苦言を呈し、アレクセイも渋面になる。

「ヴァルジェの王太子も下手を打ったな。大聖女をみすみす手放すとは」
「まったくその通りです。瘴気をすぐに晴らすことができる貴重な人間でしょうに。それが婚約破棄に続き、国外追放だなんて……自ら滅びたいといっているようなものです」
「それで、大聖女の行方はまだわからないのか?」

 秘密裏に探させている女の行方を尋ねると、グリーゼルは首を横に振った。

(うちで保護したかったのだが、そうはうまくいかないか……)

 将来の伴侶となるはずだった男性から手ひどく振られたのだ。きっと傷心して人間不信になっているに違いない。

「大聖女の特徴は?」
「髪は金髪に近い茶色、瞳は青みがかった灰色。愛らしいというより凜々しい顔つきだそうです。背も少し高めですし、一般的な男性受けがよくないのも婚約破棄の原因かもしれませんね。人間は見た目で判断しがちですから」
「――髪の長さは?」
「腰まで伸ばしていたようですね。ゆるやかなウェーブがかった綺麗な髪だそうです」

 ならば、違うだろう。
 だいたい名前からして別人だ。髪や瞳の色は同じでも、深窓の令嬢だったと聞く。大聖女とも言われた少女が、歌劇団で男装して元気に動き回っているわけがない。

(しかし、ヴァルジェ王国の手の者も自分たちの過ちにすでに気づいたはず。彼らより早く保護してやらねば、大聖女はただの道具にされる)

 一体、どこに隠れているのか。竜王国の間者でも見つけられないとは、よほど警戒していると見える。アレクセイは執務室から窓の外を眺める。
 西の空は大きな雨雲を連れてきており、まもなく水滴が窓を濡らし始めた。