「星原、頼んでた課題やって来てくれた?」
「うっ、うん、」
「サンキュ、たすかるぅ」
朝の日課。鞄から取り出した数学のワークが2冊。名前は私のものじゃない。私を苦しめる、憎らしいクラスメイトの名前だった。
何度その名前をまっさらな紙に赤いペンで殴り書きして黒く塗りつぶしたことか。
そんなことをしても、ワークには綺麗な文字でその名前を書いたし、見覚えのある数式を丁寧に解いた。
人の名前は赤で書いてはいけないと、昔母親に教わった。「海歩は何の才能もないのだから、最低限の常識と綺麗に字を書くことは徹底しなさい」と、心のこもっていない声でそう言われた。
私はそんな母に渇いた笑顔で、「わかった」と言った。それを見ていた天晴が私をどう思っていたのかは知らない。可哀想なお姉ちゃんと同乗していたのかもしれない。
「海歩は海歩。他の何にもなれない、この世でたったひとりの素敵な女の子なんだよ」
ばあちゃんだけが、私の唯一の味方だった。