「マンゴーが先だ!」

「宿だよ、宿!」

 快晴の空の下、ホロ馬車の手綱を手にしながら目を三角にした騎士エヴァンに、早く身綺麗にしたいと頬を膨らませたノアが対抗する。

 学者の街と謳われるエスディオ到着を目前に揉めるのは、最初に行くべき場所についてだ。

「アーシェも宿だと思うでしょ?」

 後ろの席に座るアーシェリアスを振り返ったノアは、人形のように可愛らしい顔を煌めかせて同意を求める。

「早くお風呂入りたいよね?」

「うーん、そうだなぁ……」

 黒く長い髪を風に靡かせ、アーシェリアスは顎に手を当てた。

 確かに風呂も魅力的だ。

 前の宿場町から二日入れていないし、そろそろさっぱりしたい。

「男なら少しくらい我慢しろ。とにかくマンゴー優先だ」

 譲らぬエヴァンの物言いに、ノアは血色の良いぷるんとした唇を尖らせる。

「ボクは綺麗好きな男の子なの!」

 もうっ、と怒る姿はどこからどうみても女の子にしか見えない。

 ミルクをたっぷり流したような紅茶色の髪は腰まで長く、身に纏うのは、リボンやレースをあしらったワンピース。

 先の宿場町でも、女性と間違われてナンパされていたノアを思い出し、アーシェリアスはアイドルのように整った横顔を眺めた。

(ほんっとに可愛いのよね。だけど、確かに男の子だった……)

 温泉地カリドの脱衣所で見たノアの胸板が脳裏を過り、ぶんぶんと首を横に振る。

 あの日の事を思い出すのはいまだ恥ずかしい。

 アクシデントのようなものだったとはいえ、旅の仲間同士で肌を見せ合う結果となってしまったのだ。

 しかも、そのうちのひとりは想い人。

 アーシェリアスは、横に座るその想い人をチラリと盗み見る。