父の会社であるKODO開発に転職してひと月が経った。
新たな職場にもなじみ、日々は順調。知識も技術もいまだ勉強中だが与えられた職責に見合う人間になれるよう努力しているつもり。
しかし、頭の中は現在横で運転中の名目上の婚約者のことで、長らく混乱中である。

左門優雅。私の婚約者にして、現在は部下。しかし、この男の正体が都内の大企業・榮西の現社長の弟だと知ったのは、半月前のこと。
なぜか、優雅は身内の会社ではなく、私と結婚してKODO開発を継ごうとしているのだ。

「愛菜さん、コーヒーなどご入用ですか?」

運転席の優雅が尋ねるので、私は短く「いりません」と答えた。後部座席に荷物があるので、私は助手席にいる。
本日は建設中のホテルの現地視察だ。午後には打ち合わせもあり、夜は酒席になるだろうことから、現地近くの自社ホテルに宿泊の日程である。

「施工はキシダ建設ですが、今日打ち合わせるのは下請けの三田河建築工房です。今夜宿泊の駅前ホテルも三田河建築工房が担当しています」
「いつも思うけど、建築関係、建設関係者は結構立場が強いのよね。この地域」
「土地柄もあるでしょうね。雪害や水害で、インフラ整備や公共施設整備を請け負う会社は、地元の権力者と繋がっていることが多い。おおっぴらには言えませんが、ずぶずぶの関係というやツです」
「キシダ建設の担当レベルから偉そうだったわ」
「依頼主である私たちから仕事をもらっているという意識は低いですね。『受けてやってる』という感覚なので、下請け相手でも扱いには少々注意が必要です」

こうして話していると、優雅は非常に優秀な部下のままだ。どうも私にも自分の素性を言う気はないらしい。