便箋を横半分で折る。
 いや、待て。折っていると見てもらなえない可能性もあるかもしれない。そう思ったら急にとてつもない不安に襲われて、折ったばかりの便箋を広げて、折れ目を伸ばした。

「…………え、」

 瞬間。
 ビビ、ビィー、と古めかしい、けれども懐かしい、来客を知らせる呼び鈴が鳴り響いた。
 こんな時間に、誰だろう。
 弔問(ちょうもん)客だろうか。しかし時刻はもう二十三時を過ぎている。さすがに遅いだろうとほんの少しだけ恐怖心がわく。本音は居留守を使いたかった。けれども今日は、お通夜だった。家の前を通った人ならば誰もが知り得るその事実を前に、居留守は得策ではない。バレバレだ。
 もしかしたら、弔問客の誰かが何かしら忘れ物でもしたのかもしれない。うん、そうだ。きっと、そうだ。
 己にそう言い聞かせて、わいた恐怖心を打ち消すように立ち上がり、玄関へと向かう。

「……失礼ですが、どちら様でしょうか」

 磨りガラスと木枠で形成された引き違い戸。磨りガラスの向こう側にある人影に向かって声をかければ、久しく聞いていなかった、けれども鼓膜は覚えていた声で、「こんな時間に、ごめん」と返された。