何処までも澄み渡る青空。
正に、吉日に相応しく、良い天気に恵まれた。

今日は予定より半年ほど延びていた、フェルノア帝国皇帝イサークと皇后クロエの結婚を宣言し、式典を執り行う日である。
連合国の取りまとめで忙しいルナティアや、この式から半年後に延期となってしまった、息子であるサイラスに王位を譲るルドルフまで駆けつけてくれた。
「おばあ様!ルドおじ様!お忙しいのに、ありがとうございます」
「クロエ!とても美しいわ!こうして無事にイサーク様と結婚が出来て、本当に良かった」
ギュッと抱きしめ合いながら、その懐かしい感触を確かめ合う二人。
ルナティアとルドルフは、遅くても二日前には帝国に到着する予定だったが、それぞれ抱えている仕事の所為で、昨夜遅くに到着し直前までクロエと顔を合わせる事が出来なかったのだ。

この日の為にとあつらえた、純白の生地に金糸銀糸で薔薇の刺繍が施されているドレスは、いつも以上にクロエを輝かせていた。
張りのある胸やくびれた腰を際立たせるかの様なデザインは、クロエの魅力をこれでもかというほど際立たせる。
そして、緩く巻かれてふんわりとした黒髪はハーフアップにされ、意匠を凝らしたティアラは銀の薔薇と宝石がふんだんにあしらわれており、艶やかな黒髪に良く映えていた。

美しく成長したクロエを眩しそうに見つめながら、ルドルフはその手をとった。
「クロエ、おめでとう。無事にこの日を迎える事が出来て、本当に良かった。クロエの美しい晴れ姿を見る事が出来て、嬉しいよ」
「ルドおじ様・・・・おじ様もお忙しいのに、ありがとうございます」
「政務はほとんどサイラスにやらせているからね。俺は思ったほど忙しくはないんだ」
そう言いながらクロエを抱きしめるルドルフ。
「おじ様は早くおばあ様の国に行きたくてしょうがないんでしょ?」
「流石クロエだね!半年後と言わず明日にでも王位を譲りたいよ」
「ふふふ・・譲位式には是非とも参列させて頂きます」
「待ってるよ。その後、リーフェ国に寄るといい。まだ、連合国に来た事がないだろ?」
「はい!おばあ様の国は勿論、エドリード様が治める事になった国にもまだ行けていないので、とても楽しみにしています」
「そう言えば、エドリード殿は?」
「エドリード様は五日ほど前に戻られてきたのですが、ご自分が治める国の事でイサーク様と毎日会議をなさっていますわ」
「まぁ、あの国は一番大変な国かもしれないからね」
いくら鉱山があるとはいえ、遺体回収と埋葬、隣国の貧しい国を背負わされてしまったのだ。
本来であれば、息子とはいえ結婚式に出る暇もないはずなのだが、其処は賢帝として名を馳せたエドリード。
『使える者は息子でも使え』の主義の下、色んな要望を出しているようだ。
連合国に名を連ねてはいるが、国の運営が軌道に乗るまでは帝国直轄となる。直轄の今でなければ色々と引き出せない事もあるのだ。
「あの方は、抜け目の無い方ですものね」
と、ルナティアがコロコロと笑った。

あぁ・・・懐かしいわ・・・

鈴を転がすような笑い声。ほんの少し前までは、毎日聞いていたというのに。
色んな事がありすぎて、遠い昔の様に感じてしまう。
「所で、フルール国からは誰が来たのかしら?」
「国王おひとりです」
ルナティアの問いにクロエは当然のように『父』とは呼ばず『国王』と答えた。
「あぁ、あのバカ母娘はやはり来なかったのね」
「当然だろう、姉さん。あの二人が来たら式がめちゃくちゃになってしまう」
「確かに、恥の上塗りになってしまうわね。バカ息子だけれど、一人で来た事は評価してやらないとね」
過去の鬱憤を晴らすかのように、フルール国のバカ親子の事をネタに暫し三人で談笑していると、侍女がルナティアとルドルフを迎えに来た。
「また後でね」そう言って出ていった二人と入れ替わる様に、イサークがやって来た。
「クロエ、ルナティア様と話せ・・・た・・・」
そう言ったきり、固まってしまった。
クロエもまたイサークのいつも以上に凛々しいいでたちに、見惚れていた。

白礼服を纏い襟や袖、裾にはサファイアブルーの糸で蔦と薔薇が刺繍されていた。金銀糸で編まれた飾緒や肩章は、彼の威厳を一層高めるかのようだ。
銀色の髪はきっちり撫でつけられ、今日の空の様な青い瞳はいつも以上に凛々しく見える。普段も美しい彼だが、今はそれ以上に美しかった。
お互い無言で見惚れあっていたが、控えていたケイトがコホンと咳を一つ落とせば、ようやく時が進み始めたかのように二人は瞬きをする。
「―――美しい・・・」
まるで吐息の様に呟き、足早に近づきクロエを優しく抱きしめた。
「クロエ、綺麗だ。あぁ・・・誰にも見せたくない!だが、俺の妻だと見せびらかしたい!」
スリスリと頬擦りしながら、まるで嘆きの様に心の声を吐露するイサークに、クロエも恥ずかしそうに心のうちを明かす。
「イサーク様も、いつも以上に素敵すぎて・・・心配です」
「心配?」
「はい。だって・・・綺麗なご令嬢が沢山いらっしゃるだろうし、言い寄られて心惹かれる方がいらっしゃるかも・・・」
想像し言っているうちに、アドラにイサークを取られた時の想いが甦り、悲しくなって涙が出そうになる。
そんなクロエに感極まった様に顔をほころばせるイサーク。それはもう、嬉しくてどうしようもないという少年の様な笑顔。
「嬉しい!クロエが嫉妬してくれるなんて。クロエは皆に愛されているから、気が気ではなかったんだ」
「え?そんな事はありませんよ。イサーク様の方がご令嬢に人気です!」
「いや、クロエは知ってた?フルール国に毎年の様に届けられる結婚申し込みの数を。国内外から年を追うごとに増えているとルナティア様が言っていた」
「それを言うならイサーク様だって同じです!エドリード様から聞いていました。各国の王女様や貴族令嬢から沢山の縁談がきていたと」
お互い眉間に皺を寄せ顔を突き合わせ、可愛らしい睨み合いをしていると、どちらからともなく『プッ』と噴出した。
「俺は初恋でもある愛しいクロエと添い遂げる事が出来て、嬉しいよ」
「私も、叶わないと思っていた、愛する人と年を重ねる事ができて、幸せです」
互いの額を合わせ、笑い合う二人は誰がどう見ても幸せそうだった。
そんな二人にケイトは目元を拭いながら「お時間です」と告げたのだった。

式典会場でもある聖堂へ向かう長い廊下を、クロエはイサークの腕に手を置きながら、互いに歩調を合わせゆっくりと歩く。
時折、確認し合う様に顔を見合わせほほ笑む二人は、彼等を護る様に囲む騎士達をも幸せにしてくれる。

逆行して又、イサークの元に嫁ぐ事が出来て本当に幸せだと、しみじみ噛みしめるクロエ。
あれほど運命に逆らおうともがいていたのに、今ではその腕の中が一番安心できる場所となっていた。
これも元をただせばルナティア達のおかげだ。
彼等が知恵を絞りもがいて、先の先まで見据えて動いてくれた。
その中にまさか自分自身の未来まで含まれているとは思わなかったが。
みっともなく足掻いている自分を、何時も優しく励まし見守ってくれていた、祖母であり母でもあったルナティア。
彼女には、感謝してもしきれない。
恐らく逆行の原因はリージェ国だったのだろうと、三人の中で結論付けていた。
その問題が解決し、逆行していた面々はこれから新たな未来へと踏み出す。
クロエはフェルノア帝国の皇后として。
ルドルフは王位を譲りルナティアのもとへ。
そして、ルナティアは新たなる国の王として、最強の連合国の頂点として君臨する。

何時かイサークが言っていた事を、ふと思い出す。


『確かに。クロエとの結婚もルナティア様の御心ひとつで出来なかったかもしれないと思うと、まるで(てのひら)の上で踊らされてる気分だ』


そう。この世界は初めから、おばあ様の掌の上だったのですね・・・・
クロエが心の中で呟けば、何だか妙に納得した様に気持ちが()いていくのだった。

つらつらと考えているうちに聖堂の扉の前に着いた。
扉が開かれる前に二人は向かい合い、両手を繋ぐ。
「クロエ、どんな時でも俺の幸せはクロエと共に在る事なのだと、忘れないで」
「はい。私の幸せもイサーク様と共に生きることです」
微笑み合い、そして扉へと向き直る。

開かれた扉の先は、それぞれが選ぶ未来への道しるべの様に光輝いていた。