(どうしよう。大変なことをしてしまった……!!)

 祭服に身を包む少女――シンシアは目の前の光景に表情を真っ青にして、身を震わせていた。頭を下げれば手の中にあるグラスが視界に入る。

 今更ながら中身のトマトジュースを恨めしく思ってしまう。そもそもの原因はスカートの裾をうっかり踏んづけて躓いた自分のせいではあるが、それでも恨まずにはいられない。
 そして理由は分からないが先ほど教会で執り行われた戴冠式の時から、シンシアはイザークに睨まれていた。

(見た目からして怖い方だし、絶対に挨拶以外は近づかないようにしていたのに……。どうしてこうなったの?)

 意味のない原因究明を頭の中で繰り返しているうちに、重みのある低い声が頭の上から振ってきた。


「大事ない。面を上げよ」

 腰を折るようにして頭を下げていたシンシアはその声にハッとする。イザークの声だ。
 シンシアはこれ以上粗相のないように慎重に口を開いた。

「イ、イイイシャーク皇帝陛下に拝謁いたします」

 状況がさらに悪化した。
 恐怖のあまり言い間違えてしまったシンシアは一度深く息を吸い込んで、ゆっくり上体を起こす。もうこうなってしまえば素知らぬふりをするしかない。

 大丈夫だ。一度や二度の失敗なんて誰にでもある。皇帝ともなればきっと寛大な心で目を瞑ってくれるだろう。

 頭の中で言い聞かせながら、シンシアは唇を引き結ぶと伏せていた顔を上げる。

(大事ないとイザーク様は仰った。だから問題なんて絶対な……)

 目前の顔が視界に入った途端、心臓が縮み上がった。

 イザークは視線だけで射殺さんとばかりにこちらを睨めつけていた。眉間には皺が深く刻まれて紫の瞳は炯々と光り、シンシアから視線を逸らさない。

(ひいぃっ!! 怖い怖い怖い!! トマトジュース零したし、名前も言い間違えちゃったし。……私もしかして不敬罪に問われて殺される)

 シンシアは背中にだらだらと冷や汗をかきながら、今後イザークが出席する式典には絶対に出ないと心に決めたのだった。