「これはこれは! 全女子生徒の憧れ、平岡彰くんの彼女さんではありませんか!!」

 私のオアシス、図書室。

 この学校唯一の安息の地に、場違いなほどの大声が響いた。私は無言でその聞き慣れた声の主に冷たい視線を送る。

「ぶふっ! ぎゃっははははは! ごめんごめん!」

 面白くてしょうがないと言わんばかりに吹き出した彼女、渡辺(わたなべ)由香(ゆか)は私が居る図書カウンターの中に堂々と足を踏み入れた。ちなみに彼女は私と違って図書委員ではない。本来ならばこの場所に入ってはいけない人間だ。

「……何しに来たの」
「うっわ! 予想以上に機嫌悪いね」

 私の顔を見ると、先程のからかうような笑いから一気に苦笑いへと変わった。

 図書室は基本的に飲食禁止・私語厳禁なのだが、試験の前以外はほとんど人が来ないので、そのルールは有って無いようなものだった。

 つまり、結構好き放題やれる。特に放課後の図書室なんか、来るのは司書の先生と私ぐらいだ。これをオアシスと呼ばずになんと呼ぼう。







「本当の彼女じゃなくていい。付き合ってる振りでいいから、俺の彼女になってほしい。もちろん成瀬さんが嫌がる事はしないし、学校の外では無理に彼女の振りはしなくてもいい。それと、何かあったらすぐ俺に言うこと。隠し事はなしで。期間はそうだな……一年間。とりあえず来年の五月までって事で。あとは追々考えよう」

 あの後、体育館裏で交わした約束は至極簡単なものだった。

 ちょっと期間が長すぎる気がするけど、まぁ別に問題なさそうだ。

「他になんかある?」

 平岡くんがそう聞いてきたので、私は遠慮なく問いかける。

「……理由は?」
「え?」
「こんな事する理由は何?」

 私には聞く権利があるはずだと、静かに平岡くんの返答を待った。……もしその理由がただの暇つぶしとか私をからかうためとかラブレター対策だとか女子避けだ、なんていう下らない理由だったら、その綺麗な顔を一発ぶん殴ってやろうなんて考えながら。

 だが、返ってきた答えは予想外のものだった。

「……ごめん。悪いけどそれは答えられないや。本当にごめんな」

 困ったような顔で何度も謝られては文句も言えない。さすがの私でもこれ以上追及する事は出来なかった。