耳元で囁かれ、肩が揺れる。
ハッとして顔を上げれば、自分と同じ黒髪と褐色の肌をもつ青年が入ってくるところだった。
クルルの護衛や補佐官らしき者が数名後ろに続き、入り口から用意されている席まで、トスティータ側の人間が見守っている。
それは歓迎や礼儀というよりは、寧ろ警戒しているようにしか見えない。


「久しぶり。キャシディ」

「最近は、よく会う気がするがな。アルバート王子」


公の場なのだから、当然のことだ。
それでも、ロイを本名で呼んだことにヒヤリとする。


「海を隔てているのでもなし。いいじゃない? すぐそこだよ」


だが、杞憂だったようだ。
ロイはいつもの笑顔を湛え、話を続けている。


「わざわざ出向いておられるのに、その言い草はないでしょう! 」


その嘘っぽい笑みを、クルル側は主への侮辱と受け取ったらしい。


「何なら、僕がお邪魔しても構いませんよ。物騒なお出迎えさえ、なければね」


肩を竦める彼の口調は穏やかだ。


(笑ってる、けど……)


怒りすら、伝わる気がした。


「よせ。思惑通りに乗るな」


声を荒らげそうになった従者を下がらせ、キャシディはロイの表情を探る。


「招かずとも、既にいらしたのだろう? 」


そしてロイの注意を惹いた後、ゆっくりとジェイダへ目をやった。


「我が国では、祈り子は重要だ。それを拐かしたのだから、問答無用で攻めてもいいのだが」


ロイへの威嚇。
それから何より、自分に問われているのだ。


『お前は、どちらの人間だ』


――と。


「そうしなかったことに、深く感謝するよ」

「礼を言うには早い。……真意を聞こう」


心臓が壊れそうなくらい、鳴っている。
キャシディの理解が得られなければ、戦は始まってしまうのか。


「うーん。話せば長くなるうえに、恥ずかしいんだけどね」


そんなはずはない。
何せ、出会ったばかりである。
それなのに彼は、「照れくさいから、本当は言いたくないないんだけどな』とでも言うように、空いている方の指で頬を掻いた。


「あの森で彼女と出会った僕は、運命の恋に落ちた。で、諦めきれずに連れて来てしまったと。ま、そんなとこ」


溜め息の音が、あちこちで聞こえた。
アルフレッドを見れば、何故か天井を見つめたまま、ピクリとも動かないでいる。