殺された警察官には、常に悪い噂がつきまとっていた。
でも叔父は全く気付かなかったそうだ。


叔父は探偵という仕事上、警察官と対峙する。
不審者扱いや変質者に間違えられて通報されたりするからだ。
元警視庁の刑事だった肩書きなんて通じない。
そんな時、あの警察官が手を差し伸べてくれたそうだ。
だから叔父は信頼していたのだ。




 「今回だけはヤバいと思ったよ。調べてる相手が殉職した警察官だからな」
叔父はそう言いながら探偵ノートを示してくれた。
うっすらと額に汗が見える。
叔父の苦労を垣間見た気がした。


「叔父さん、この乾燥大麻って?」


「交番に保管してあった物なんだって。どうやら紛失させたようだな」


「もしかしたら亡くなった警察官が関与していたとか?」
俺は聞いてはならないことを言っているようだ。
そう思いながらそっと叔父を見ると静かに頷いた。


「アイツは自分が所持していた拳銃で撃たれた。不名誉だけど、職務中に死亡したことには違いないんだ……」
俺は息を飲みながら、次の言葉を待った。


「瑞穂には何時も慎重に行動しろと言っていたのに、俺は我を忘れていた」


「変質者に間違えられたの?」
やっと口を開いたと思ったら的外れな質問をしていた。


「違う。そんなんじゃない!!」
珍しく叔父が声を荒げた。


「アイツはその大麻を使って冤罪をでっち上げ、金銭を要求していたんだ」


「もしかしたら和也さんも?」


「連行されるのを同僚が偶々見ていたそうだ」
その発言に俺は声を詰まらせた。




 「俺の推測だけど、水村さんの流産にも関与しているらしい」
その言葉で俺は黙ってしまった。
どうやら叔父は探偵だと名乗らなくてはいけない羽目になったようだ。


「瑞穂お願いだ。俺の顔はバレている。後のことは頼んだ」


「もしかしたら女装?」
心なしか、叔父の顔がほくそ笑んだように映った。


「だって瑞穂。水村さんが流産した場所は上村さんのアパートだったんだよ。それも例の警察官が立ち去った後だそうだ」
辛そうに叔父は言った。


「ってことは上村さんも水村さんの子供が邪魔だった訳か?」


「出世するために上司の娘さんと婚約したのだとしたら有り得る」


「イヤ、違う。近所の目があるんだ。水村さんだけでなく、警察官を自宅に入れるか? 何か裏があるんじゃない」
俺は思ったことを言った。




 「スタンガンは和也さんが購入した物だったよね? 問題はそれが何処に保管されていたかってことだ」


「もしかしたら濡れ衣か?」


「ヤだな叔父さん、俺に解る訳がないだろう」


「聞いた俺が馬鹿だったな」
ふっ、と笑いながら叔父が呟く。


「でももし、和也さん以外の誰かが知っていたとすると……」


「その点、水村さんは対象から消えるな。和也さんは慎重派だったそうだから自宅には招かないだろう」


「俺もそうであってほしいと思うよ」


「スタンガンは20万ボルトの電圧だ。其処からは拾った高校生の他にもう一人の指紋しか検出されなかったそうだ。でも二人共マエがなかったそうだ」


「それじゃおかしいよ。和也さんはその前にあの警察官に連行されたんだったね。だったら指紋くらい採取すると思うけど」


「そりゃそうだけど、全員が指紋を採取される訳じゃない」


「叔父さん。和也さんは大麻を隠し持っていたから連行されたんだろう?」
俺の発言に叔父は黙ってしまった。




 「もしかしたらハシリドコロは和也さんか? 上村さんがあの翌日血液検査をしたそうだ。ロートコンの成分はヒヨスチアミンとスポコラミンでアルカロイド系猛毒だ。それが検出されたようだ」


「だから、あのメモか?」


「和也さんが仕掛けたと思ったのかな?」


「だとしたら? 瑞穂、この事件は和也さんの逮捕だけでは済まなくなる」

それは俺の女装依頼だった。
俺は初めて、単独で探偵として動かざるを得なくなったのだ。


女装して叔父と一緒に外出したことはある。
場に慣れることや俺に合った靴選びだった。
花柄のワンピースにゴツイ男物のスニーカーは似合わないからだ。


結果、パンプスの選択となった。
俺はそれを此処へ来る度に履かされていたのだ。


「これが、和也さんの自宅近くに住む奥様方だ。そして此方が上村さんのだ」
叔父はコンパクトディスクから印刷した写真を俺に渡した。


「先ずはファミレスだ。お喋りするはずだから行ってくれ。いいか、くれぐれも深入りするなよ」
叔父はそう言いながら女装を済ませた俺を送り出した。




 叔父に言われた通りファミレスに入ってみる。
すると早速ターゲットを発見した。


(言った通りお喋り好きなんだな)
感心しながら背中合わせの席に着く。
一応メニューを見ながら聞き耳を立てた。


叔父に渡されたクーポン券を確認する。
ドリンクバーは百円だけど、単独では使えない。
仕方ないので、女子高生らしく北海道濃厚ソフトチョコソース付きを注文した。
これなら俺の、おっといけない私の小遣いでも楽勝だった。


探偵の基本。
録音機のスイッチをオンにする。
そして怪しまれないように小さなノートと教科書を広げ雑談の内容をメモした。
万が一の不測の事態に備えるためだ。
もしかしたら録音されていない場合も有り得るからだ。


「思い出したんだけど、拳銃奪われて殺された警察官って、あのアパートから出てきた人よね?」


「そうよ。今ごろ気付いたの?」


「慌てて逃げ出したから何かと思ったら女性が血を流していたからてっきり殺人事件だと思ったわ」


「まさか流産だったなんてね。あの女性も気の毒ね」


「何でそんな話するの? 何時かの女優さんじゃないけど、メシが不味い」


「あっ、ごめんなさい。だってあの女性、上村さんの恋人じゃないのよね? そこが気になって」


「本当よね。何で彼処にいたんだろ?」


「きっと新恋人よ。上村さん女性問題で破談になったそうだから」


「えっ嘘!? 上村さんはそんなことする人じゃないわ」
その発言からこの女性何か知っていると感じた俺は後を付けてちることにした。
だってその女性全員の支払いを済ませたのだ。
何かあると探偵の勘が騒いだからだった。まだ半人前にもなっていないけどな。




 女性は別の店に入って行った。
店のウインドウ越しに見ると、其処には上村さんが待っていた。
慌てて又背中合わせの席に座った。


上村さんとは面識があるから、メニューは指で差した。


「やっぱりあの日訪問者があったそうよ。車椅子に乗った女性とあの警察官らしい。合鍵で入ったようね。それとも鍵、開てた?」


「そんな、確かに閉めて出たよ。もしかしたら合鍵を誰かが作ったか?」


その時俺はピンときた。その鍵を用意したのは和也さんではなかったのだろうかと。




 和也さんは上村さんが邪魔だった。
上司のお嬢様と婚約したからだ。
同期で良きライバルだったヤツを出世コースから蹴落とすためではなかったのだろうか?


だから恋人の妊娠さえも利用したのだ。
きっと水村さんのお腹の中に居た子供の父親は和也さんだったのだろうと思った。
これで出世頭は自分になると踏んだのだ。




 そんな時、あの警察官の悪巧みに引っ掛かった。
そうなればもう会社での立場もなくなる。
そればかりかクビになってしまうかも知れない。
だから水村さんを差し出したのだ。


和也さんは更なる悪知恵を働かせた。
上村さんと呑んでいる時抜け出してアパートの合鍵を作ったのだ。


水村さんに又悪酔いさせて、警察官に合鍵と一緒に引き渡したのかも知れない。
水村さんと上村さんが男女の関係を持った時と同じような状況を作り上げたのだと思った。


あわよくば、流産してしまえばよいと考えたのかも知れない。




 でもそれでは、あの警察官を殺害したのは水村さんってことになる。
それだけは絶対に違うと願っている自分がいた。




 表向きは真面目な警察官は裏では悪どいことをやっていた。
元警視庁の刑事だった叔父さえも騙されたのだ。
和也さんも一たまりもなかったはずだ。


でもだからといって、水村さんに危害を加えたことは許さない。
俺はもう、この事件の一部始終を知ったかのように思っていた。




 「証拠がない」
でも叔父言った。


「表向きは真面目な警察官を装おいながら、裏では悪どいことをやっていたんだよ。会話を録音したテープもあるんだ。それでもダメなの?」


「この手の物には証拠能力が無いんだ」


「だったら何故俺に調査させたの?」


「だったら聞く? お前は警察官を殺したが水村さんだと言っているんだぞ」
叔父の発言に俺は黙ってしまった。


俺の推測が正しければ和也さんは水村さんの胎児を殺したことになる。
それも自分の子供かも知れない分身をだ。


和也さんにしてみれば出世コースに乗る良いチャンスだったのだ。
でも警察官が邪魔に入った。
だから恋人を差し出す振りをして、上村さんに濡れ衣を着せようとしたのだと思った。


「完全犯罪だな?」


「いいや、不完全だ。和也さんは探偵の力を軽くみたのだろう?」


「それじゃ……」


「でも、俺からは言えない。自首してくれるのを待つしかない」


「水村さん、自首してくれるかな?」


「瑞穂は水村さんだと思ったのか?」


「えっ違うの!?」


「俺の推測じゃ、上村さんだと思う。強いて言えば、上村さんと水村さんの共同の犯罪だったのかも知れない」


「待って叔父さん。その推測には無理がある」


「解ってる。硝煙反応の出たコートを誰が着たかってことだな」


「もしかしたら、水村さんが和也さんの合鍵を持っていたりして……」
本当はそんなことあってほしくない。
俺も叔父も、罪状通りに和也さんが警察官を殺した真犯人だと思いたかったのだ。
硝煙反応の出た衣類は確かに和也さんの物なのだから……


「瑞穂。これは他言無用だ。例えみずほちゃんに聞かれたとしても絶対に守ってくれ」
叔父が小指を出した。


「乙女ちっくだね」


「そうか? あっ、それで思い出した。さっきみずほちゃんがこのアパートを見ていたような気がする」


「嘘だーい」
きっと叔父の出任せだろうと思った。
俺は本当にそう感じていたのだ。
叔父には悪いと思いながらも……


「そうだ忘れていた。はい瑞穂、約束の初給料だ」
俺は叔父からそれを受け取った。
今度のデートの時、それで贈り物を買うつもりだ。
みずほのことだからきっと何も要らないって言うのに決まっているけどね。




 これは後日談だけど、やはりみずほは俺の女装を見ていた。
そして俺が初給料で贈ったコンパクトが俺の霊感を呼び覚ましたのだ。
赤のルージュで死ね書かれた文字を見た時に……
それは蛍まつりの前の出来事だった。
みずほはあんなに楽しみにしていた幻想的な夜を体験することが出来なかったのだ。
その日は突然やってきたのだった。