イワキ探偵事務所へ寄ってみると、叔父が深刻な顔で新聞を見ていた。


「どうしたの?」


「あ、瑞穂か? 実は俺の知り合いが殺されてな」


「もしかしたら、昨日ニュースでやっていた人? 確か容疑者が連行されたとか」


「あぁ、そうだよ。アイツ交番勤務していたんだ。パトロール中に自分のピストルで撃たれたようだ」


それは聞いていた。
でも叔父の知り合いだったとは知らなかった。


報道によると、公園のトイレの近くに落ちていた物を拾った高校生が警察署へ番通報をしたそうだ。


『何だろう? っ思って手に取った途端に火花が出たんです。スタンガンだと思います』
電話口でそう言ったそうだ。


それを受けた地元警察は直ぐに現場へと向かった。
でも事件はそれで終わりではなかった。




 付近を良く調べてみると、茂みに何か……
それは公衆トイレの裏だった。


其処から死体が発見されたのだった。
叔父の知り合いだと言う近くの交番勤務の警察官だった。
腰にあったと思われる銃は、コイルを切られて奪われていた。




 《交番勤務警察官殺害》
その報道は、全国を駆け回った。
だから俺も知っていたのだ。


「奪われた拳銃が悪に使われない事を祈るしかないと思っていたんだ。これで一件落着かな?」
俺はそう言った。
事件の一報を受けた時、本当にそう思った。
地元の警視官が殺され、しかも所持していた拳銃の行方が解らないのだ。
地域住民は皆恐怖を抱いていたのだ。


でもその事件はとんでもない方向へ向かおうとしていたのだった。




 それは上村さんからの一報だった。


昨日、和之さんは新婚旅行に出発するために空港にいた。


『皆様。お見送りいただきまして、まことにありがとうございました』
和之さんは妻となったばかりの旧姓速水(はやみ)るいさんと頭を下げた。


その速水さんこそ上村治樹さんの元婚約者だったのだ。
和也さんはあの写真を武器にして上司のお嬢様を手に入れたのだ。




 警察に連行されたのはその和也さんだったのだ。
空港の勤続探知機が反応して調べたら、中に拳銃が隠されていた。
その銃は交番勤務の警察官が奪われた物だった。
その後すぐに指紋照合が行われ、高校生が見つけたスタンガンの物と一致したので逮捕されたそうだ。




 「人は見掛けによらないな」
染々と俺は囁いた。


「本当だな。水村さんあんなことしただけでも許せないのに……」
叔父も後に続いて、ため息混じりに言った。


「でも不思議だな? どうして空港なんかに持って行ったのだろうか?」


「そりゃそうだ。調べてみるか?」
叔父はさっき上村さんが書いていったというメモを眺めた。




 「上村さんの話だと、すぐに家宅捜査が行われたそうだ。その時硝煙反応が出た衣類などが押収された」


「消炎反応?」


「硝煙反応とはジフェニルアミンを硝煙の二酸化窒素と言う結晶で、反応し紫色になったら陽性と判断するんだ」


「何だか難しそうだな」


「銃を発射した際に射手の手や衣類に付着する硝煙を検査するんだ。このジフェニルアミンは有毒だ。水には溶けにくいがベンゼンには溶ける。だから扱いは要注意の代物なんだよ」


「流石元腕利き刑事」
俺は調子に乗っていた。




 和也さんの自宅から押収された消煙反応の検知された衣類は確かに本人の物だった。
スタンガンも闇サイトから購入したようだ。
でも和也さんは容疑を否認したようだ。


俺は水村さんが気になった。
和也さんは最近まで恋人だったから、さぞかし驚いているだろうと勘繰ったのだ。


事務所のドアをそっと開けると、丁度外出するところだったらしい水村さんと目が合った。
俺は慌てて会釈をした。


「お出掛けですか?」
俺の問に水村さんは頷いた。


その時、水村さんは腰砕けを起こしたように踞ってしまった。


「叔父さん。水村さんが大変だ」
俺の言葉を聞いて、叔父は飛び出して来た。


「大丈夫です。ただの目眩ですから」
弱々しく水村さんは言った。


俺は水村さんを支えて階段を降りることにした。


その時違和感を覚えた。
それが何なのか、俺には知るよしもなかった。




 「やっぱり聞いてもらいます」
水村さんはそのままイワキ探偵事務所に入り、あの日の全てを叔父に打ち明けた。


あの時確かに妊娠していた。
それは間違い無く和也さんの子だと思っていた。


『その子は俺のじゃない』
でも、和也さんは意外な事を言った。


『お前覚えていないんか?』

そう言われてもピンと来ない。


『三ヶ月位前かな? 三人で家に帰って飲んだ事があったろ?』
和也さんはそう言いながらポケットを探し始めた。
でも諦めて、仕方なく携帯を取り出した。
そしてその中から写真を水村さんに見せたのだ。


それはあの写真だった。
それが水村さんと上村さんの行為を証明したのだ。


『だから、こいつがその子の父親だ』
和也さんは冷たく言い放った。


和也さんはイワキ探偵事務所で写真を落としたことに気付かなかったのだ。
俺がドアの隙間から入れた写真さえも見なかったのだろうか?


(あの時確かに水村さんは妊娠していたのか?)
水村さんの話を聞いている内にさっきの違和感にぶち当たった。


「もしかしたら、流産なされたのですか?」
俺は聞いてはいけないことを尋ねていた。
水村さんは一瞬顔色を変えた後で頷いた。


「誰にも内緒にしておいたのですが、どうして解ったのですか?」


「俺、どうやら霊感があるみたいんです」


「あっ、そう言えばお袋が何か言っていたな。コイツがお袋に連れられてデパートのトイレに行った時、どうやら其処で幽霊とよばれる物体を見てしまったようです。『お祖母ちゃん怖いよー。頭から血を流した女の人がいる』って言ったらしい。でもお袋には見えなかったそうです。その時トイレの順番を待っていたのは、可愛らしい女の子だったらしい」


「その話だったらお祖母ちゃんから聞いています。って確か叔父さんも彼処に居たんじゃない?」


「あっ、そうだった。俺が行った時、こいつピーピー泣いてた」


「ヤだな叔父さん、水村さんの前で……。勿論初体験だと思いますが、俺は小さかったからお祖母ちゃんは当然のように女性用のトイレにある男子用小便器で用を足たせようとしたのだと思います」
俺はそう言った後で、水村さんの腰に手を当てた時の衝撃を話し出した。


「指先に何かを感じました。その正体にさっき気付きました」

俺の言葉を受けて水村さんは泣き出した。




 「叔父さん、伯母さんの服を出して何しているの?」
水村さんが帰ってからトイレに飛び込んだ。
もう限界寸前だったからだ。


気持ち良く用を足して、何気に寝室を覗いた。
襖が少し開いていたからだ。
でも声を掛けられた叔父は相当驚いたようだ。


「びっくりしたなー」
叔父は慌ててそれらをぐちゃぐちゃにしていた。


「もしかしたら女装?」
俺の言葉に頷いきながら目を光らせた。
一瞬ヤバイと思った。
でも後の祭りだったようだ。


「丁度いい。瑞穂、これを着てみてくれ」
叔父は笑いながら、ワンピースを俺に渡した。


「や、ヤだよ。女装なんかヤだ。俺の高校、校則が厳しいんで有名なんだ。そんな格好したら退学間違いなしだ」
俺はそれを畳んで箪笥の前にそっと置いた。
叔父の奥さんの大事な形見だから粗末には扱えなかったのだ。
ついでに、さっきの服にも手をかけた。


「気付かれないようにすればんだ。もし退学になったなら骨は俺が拾ってやる」


「又その話。高校辞めて手伝えって言うの? 悪いけど俺の夢はサッカーだ。きっとエースになってみずほを喜ばせてやるんだ」


「又みずほちゃんか?」


「俺はみずほが好きなんだ。だってみずほは俺と同じ高校を選んでくれたのだからね」


「そうか、だからみずほちゃんは彼処を……」


「本当はもっとレベルの高いトコに行けたのにな」


「そんなみずほちゃんに贈り物をしたくないか? 手伝ってくれたら給料弾むぞ」


「じゃあ聞くけど……あのね叔父さん。俺に給料くれたことがあんの?」


「無かったか? ほらお正月に……」


「あれはお年玉でしょ。叔父さんが時々くれた小遣いでお揃いのガラケー買ったけどな」
俺は未だにガラケーと呼ばれるフィーチャーフォンだった。スマートフォンは俺には高額過ぎたからだ。


「もー全く仕方ないな」
俺は笑いながらワンピースを手にした。


「上村さんと水村さんのこともあるから、俺も一肌脱ぐか」


「良く決心した。じゃあ早速これも」
叔父は自分の持っていたワンピースを押し付けた。


「うぇー、やぶ蛇だった。結局俺だけか」
頭を抱えたまま、上目遣いで叔父を見ると嬉しそうに笑っていた。


「さぁ、覚悟を決めて」

叔父の言葉に促され、結局ワンピースに袖を通すことになった。


「やっぱり似合う」
満足そうに叔父が笑っていた。


「ねぇ、叔父さん。まさかこれを着て外出させる気じゃないよね?」


「当ったり!!」
叔父の目が更に輝いた。


「なんならこのまま俺の恋人を演じるか?」

「ヤだ。絶対にヤだ!!」
俺の抵抗する声を聞きながら叔父は嬉しそうだった。


(先が思いやられる)
俺の深部がそう悟った。



 「そう言えば、ホラさっき上村さんのメモがあったろ。その中に気になった言葉があるんだ」
叔父の言葉を聞き、手にしていた物を見た。


「ロートエキス、ハシリドコロの入った目薬。今はない。それ何?」


「ハシリドコロって植物だ。ロートコンの成分はヒヨスチアミンとスポコラミンでアルカロイド系猛毒なんだ」


「あれっ目薬は何処かで聞いたことがある。確か、女性のお酒の中に入れて足腰立たなくさせるんだったよね?」


「瑞穂、何処で聞いた?」


「ネットだよ。ガラケーのサイトは封鎖されつつあるけど、まだ調べられるんだ」


「又何でそんな犯罪がらまりの項目を調べるんだ?」


「興味本意だったんだ。そうだよね、そんなこと調べちゃダメだね」


「解ればよろし。さて、本題にいくか?」
叔父は依頼の全てを探偵ノートに書き込んだ。




 「『その子の事はコイツと良く相談するんだな』ってあの日和也さんは言っていたんだ。でも本当に上村さんの子供なのだろうか?」
俺の疑問はそこだった。
だから素直に気持ちをぶつけることにした。


「和也さんが恋人だったから、水村さんはお腹にいる子の父親だと思ったんだよね。それなら何故和也さんはその子の父親を上村さんだとしたのだろうか?」


「そうだよね。うん、確かにおかしい」


「あの日、水村さんは和也さんを待っていたんだ。階段の足音を確かめるように目を瞑って」


「さっきの水村さんを見て、本当に可哀想になった。子供が出来たことを喜んでいたのかも知れないな」


「まさか流産するなんて考えもしなかったんだろう。しかも相手の男性が殺人犯だったなんて」


「なぁ、瑞穂。俺は出来る限りのことをしてやりたいと思ったんだ。だから協力してくれ」

まだワンピース姿の俺は黙って頷くしかなかった。


此処に高校生のアルバイト女装探偵が誕生した。