ここハイランダ帝国では年に一度、皇后陛下主催の大規模な舞踏会が開催される。
 舞踏会の習慣が殆どないこの国で、国内貴族への慰労と懇親の意味を込めて開かれるこの行事は特別なものだ。
 会場は華やかな衣装を纏った人々の笑顔に溢れ、毎年のように恋が生まれ、そこかしこで愛の言葉が聞こえてくる。
 
 そんな中、今年初めてこの舞踏会に参加したコスタ子爵家令嬢、アイリス=コスタは呆然と立ち尽くしていた。

「……え?」
「すまない。けど、俺にはアイリスを支えてゆける自信がない。婚約を解消してほしい」

 久しぶりに顔を見た婚約者──スティーブンは、先ほどと同じ言葉を繰り返した。

「どうして?」
「どうしてって……。アイリスは俺のこと、好きじゃないだろう? いつも弟にかかりっきりだし」

 スティーブンがふてくされるように口を尖らせて返してきた言葉に、絶句してしまった。
 政略結婚に恋愛感情が絡むことなど、滅多にない。それでも皆が、決められた将来の伴侶と寄り添おうと努力しながらやってゆくのだ。